これは,2011年6月1日,大学4年生の僕が授業「人間環境の計画史」の課題「人々の繋がりと、都市空間との関連」レポートに書いた文章.要旨は「民間主導の都市設計は利用者生活を囲い込む」で,二子玉川ライズを例に,東急の都市デザイナーが利用者の衣食住 (文字通り,衣と食と住!) の需要に応える都市を計画的に実現したことに言及してる.
「地上げ」と聞けば気質じゃない響きがあるけど,実はこういう「開発」ってすごく大きな付加価値を生んでそうに思う.僕はあまり都市開発には興味がないけど,きっとすごく面白い仕事だよね.額が莫大すぎてイメージ湧かないけど… 二子玉川地帯の再開発の総事業費は1400億円以上だってさ (Wikipedia).
1点だけお断りで,平均年収の推計の情報源が Yahoo 知恵袋です🙇 本来は当然ダメですが,原文ママとして予めご了承ください…
1. 始めに
私はこの課題に取り組むに当たって、まず初めに課題を与えている文章を正確に解釈することから始めた。課題を与える文章は以下のとおりである。
地域の人々や民間組織が公共サービスの担い手となる社会(「新しい公共」)は、空間とどのように関連しているだろうか。(規模、土地レイアウト、基盤となる地形や環境、土地の所有形態…)また、その関連のもとで、プランナーやデザイナーはどのような役割を担うだろうか。
― 課題
これについて抽象的な議論、具体的な議論を織り交ぜて考察することにする。まず具体的な議論の材料としては、以降では街づくりの行う主体が行政から民間へ移行しつつあることを例に考える。それについて、開発の総面積、費用(規模)、建設物や道路の配置(土地レイアウト)、坂道やその地域の気温など(基盤となる地形や環境)、土地の権利(土地の所有)の5点を主に、具体的な考察を行うこととする。
2. かつての街づくりの形態
かつての街づくりは主に行政の管轄であるのが常套であった。それはある意味で合理的でもあり、経済発展を続ける日本の開発が辿るべき当然の道筋であったと思う。行政による街づくりによる利点としては以下のようなものが挙げることができるように思う。
まず一つに、資金的な余裕である。個人が街づくりを行うのはまず不可能と言ってよいだろう。日本人の平均収入は平成 18 年の総務省統計局による調査¹では、世帯収入月額が 891,243 円、世帯当たりの勤労者が 1.49 人となっている。平均的には日本人 1 人あたりでは 891,243 ÷ 1.49 = 598,149 円が平均月収となる。つまり、年収は単純計算して 7,177,795 円ということになる。およそ 700 万円といったところだろう。年収 700 万円の個人が、どうして街を開発するだけの資産を持てるであろうか。個人の規模で科街づくりが行われることは基本的にありえないと言えるだろう。しかし、決してない、と言い切ることはできないのは事実である。日本ではあまり例を見ないかもしれないが、アメリカ合衆国では歌手の M. Jackson は自宅の周辺を改造して、まるで遊園地のような敷地を構成した例もあるからだ。
そして二つに街づくりの全体的統制を指揮することが容易である点が挙げられる。行政による街づくりの一元管理により、計画的、段階的な街づくりを行うことが容易になる。また、開発の著しく未発達の地域に関して言えば、都市ガスは含まないとしても、電線、電柱を配備したり、上水、下水を設置したりすることは、現在の法律上は個人の関わることではないため、やはり行政による開発が望ましい。もし個人が自由に自分の周辺のみを再構成してしまうことがあれば、それは全体として調和のとれた美しい街の風景を構成することはできない。非常に逆説的ではあるが、各々が美しい街づくりを目指すがゆえに、美しくない街づくりが結果として行われる、ということになりかねないのだ。個人の価値観の違いがあるように、目指すべき方向性が全体で一致するとは限らないからだ。
このような利点を持つ行政による街づくりは、かなり身近に存在する。たとえば典型的な例として、都内のある町には区営の体育館があり、その隣に小規模ながら公園が位置し、またその隣に区立中学校、区立小学校と並ぶ。また区営の区民体育館から上述の小中学校とは反対の方向には、かなり大規模な公園がある。その公園はこれまでと違い、都立の公園であるが、まさにこの町は官による街づくりが行われた形跡を明確に残している。非常に機能的かつ調和のとれた街の構成を達成している。
具体的に区立の体育館に注目してみると、この施設は敷地面積が広い。建物そのものだけでなく、その周囲に公園の意味を持つ自由なスペースがある。また内容を見ると、バレーボール 2 面、卓球台 24 台、バスケットボール 2 面、バドミントン 8 面の室内競技場を持ち、その 2 階部分には室内ランニングコースと、競技場を観覧できる座席が 200 程度設置してある。また室内温水プールも完備し、一般用プール(25 メートル × 15 メートル、水深 1.1 メートルから 1.3 メートル)と、児童用プール(15 メートル × 6 メートル、水深 0.8 メートルから 0.9 メートル)を二つ併設している。トレーニングルームも設置してあり、ベンチプレスやルームランナーなどの本格機材を多数設置している。この他にも武道場を持ち、第 1 武道場(畳敷 96 畳)と第 2 武道場(板張 174 平方メートル)の二つを備えている。このような規模を民間で再現しようとすれば、多額の初期費用が必要なことはもちろん、短期的にも採算が取れないだけですぐに廃業になってしまうこともありうる。区営による安定的なサービス提供が必要なこの事業において、模範的な運営を果たしていて、まさに行政による街づくりの成功例と言えよう。
3. 新しい街づくりの形態
新しい街づくりは、これまでの街づくりと大きく異なってきている。その違いは、行う主体が行政から民間へ移行していることである。このことによって、上述の「行政による街づくり」のメリットは概ね失われることになる。しかし、この新しい方法が次第に台頭してゆくことは間違いなさそうである。この新しい「民間による街づくり」には以下のようなメリットが存在するからだ。まず利潤を重視して街の構成を考える点である。経済的な発展を軸に開発された街は、計画的に経済的な利潤が発生し、採算が取れるように推敲する必要がある。それはつまり一度開発を行えば、利益を上手に回収することができるため、中長期的な繁栄に直結する。また安定的に利益を生み出すため、社会情勢の変化などにも柔軟な対応が可能である。
身近な例では、二子玉川ライズがある。商業的な大規模建築を中心とした、二子玉川の再開発が見て取れるよい例である。ここではプランナーは客層や、それに合わせたニーズを事前に調査し、それを活かす仕事を担っている。二子玉川ライズに来た客層を狙った新たなビジネスがその周辺で起こり、またそのビジネスを目標にした別のビジネスが発生し、というように商業的な開発を軸に、活気ある街づくりが計画されている。このような綿密な計画をプランナーが打ち出し、それを実現するインターフェース部分をデザイナーが構築する。二子玉川ライズではファッション、雑貨、レストラン、カフェ、食料品、そしてサービスといった店舗展開になっている。広い土地を有効に活用し、開放的で先端的な、新しいショッピング体験を、主に若い客層を想定して提供するという構想は、まさに空間や環境を巧みに再構成して提供するデザイナーの良い仕事である。またその魅力を獲得しようと集まる新婚、ファミリー層を取り込むように、高層マンションも建設が進んでいて、そういった固定客に対する「食料品」販売店舗が存在している。これは計画を設計したプランナーの作戦であると取れる。
このように民間主導の街づくりは新しい手法として広がりを見せている。現在進行中の東京スカイツリーの建設もその一つである。従来、電波塔の建設を民間が主導して請け負うことは想像できなかった。東京タワーが公営のものであるのがそれに相当する。しかし東京スカイツリーの建築主は東武鉄道であり、もちろん民間企業である。むしろこの例では逆転的で、その一企業の建築物を様々な共同体が電波塔として利用している点で、斬新であり今回の課題テーマの観点からも非常に興味深い。塔の外観や設計を担当したデザイナーは、かつての公営の企画よりも、新鮮で刺激的な民営の企画の中でさらに腕を振るったことだろう。
現在は不景気といわれる時期ではあるが、それでも世界的に見ても日本は経済的に十分に発展した国である。かつて資金的な問題から個人や企業の行う街づくりの実現は大変困難であった。しかし発展を遂げた日本では、十分な活力をもった企業が「街づくり」という市場に乗り出し、莫大なビジネスチャンスを獲得している。新しい街づくりの形態は経済発展からの当然の帰結であって、これからのさらなる発展に期待が高まる。

