失われた貌
山奥で、顔を潰され、歯を抜かれ、手首から先を切り落とされた死体が発見された。事件報道後、生活安全課に一人の小学生男子が訪れ、死体は「自分のお父さんかもしれない」と言う。彼の父親は十年前に失踪し、失踪宣告を受けていた。
無関係に見えた出来事が絡み合い、現在と過去を飲み込んで、事件は思いがけない方向へ膨らみ始める。
失われた貌 – Amazon の商品紹介
あっと驚く真相に満足いくこと請け合いのミステリ。無関係に見えながら実は密接に絡み合ったいくつもの人物模様が、解きほぐされていく過程は刺激的。「真実をもっと知りたい!」という焦れったさから、ついつい先を逸ってしまった。まさかあんな事実が隠されていたなんて!
人物も魅力的だし、解き明かされる真相も度肝を抜く。隠されていた真相を知った上で再読しても、また楽しめそうだ (再読してないけど)。この人物のこの発言、あの人物のあの反応が、違った意味を持って立ち現れるだろうね。物語に散りばめられたアレやコレは、すべて他の何かと関係していて「あぁ!この人!そうだったのか…!」と唸ってしまった。
発売は 2025 年 8 月 20 日で、とっても新しい作品だ。新刊を紹介するプレスリリースがあって、僕はそれを見て発売日の翌日に購入した。よいミステリを摂取できて、とても満足できた😊
人類を変えた 7 つの発明史
(1) 火、(2) 文字、(3) 活版印刷、(4) 科学、(5) 鉄道、(6) コンピュータ、(7) インターネットの発明を取り上げて、その発明の経緯と人類に与えた影響を振り返る。9 割方の内容は、他の書籍からでも得られる一般的な情報のまとめ直しであり、本書独自の論考は終章「AI は敵か?」に集中している。
文字の発明において、言葉を表す文字よりも、数字の発明のほうが先だった事実は興味深い。古代メソポタミアで使われた現存する最古の粘土板は、紀元前 3300 年頃のもの。商品と数量を表す絵文字 (= 数字) が記されており、商取引を記録したものと考えられている。それから楔形文字が完成するには、さらに約 800 年の時を要した。紀元前 2500 年頃までに完成した楔形文字は、ハンムラビ法典やギルガメシュ叙事詩のような、数字だけでは到底記述できない、言葉による豊かな表現力を獲得した。
文字は、詩歌や歴史を記すために生まれのではありません。商業記録をつけるための簿記から、文字は生まれたのです。
人類を変えた7つの発明史
多くの興味深い事実に触れられるから、知的好奇心を満たすにはうってつけ。一方で、やや科学文明に偏った視点であることには注意が必要。経済や政治などにおける発明 (貨幣、簿記、管理通貨制度、民主主義、共和制、人権、…) は、劣後されていて言及は少ない。
- 人間は、哺乳類の中でも特に健脚。これを著者は、ウィットを込めて「人間は、考える脚である」と表現している。本書で言及される BBC のドキュメンタリーは、クーズーを 8 時間にわたって追い駆けて狩るアフリカ サン族の伝統的な狩猟を収めている。
- ネアンデルタール人のミトコンドリア DNA 配列の一部を、1997年、ペーボ博士が特定したそうだ。それにはネアンデルタール人の上腕骨から取り出した DNA を使ったとか。すごい
- オスマン帝国における活版印刷技術は「イノベーションのジレンマ」だったろうと著者は推測する。「読誦すべきもの」を意味するクルアーンの写本制作に始まり、中世イスラム圏で書籍はたいへん珍重され、10 世紀のスペイン コルドバのハカム 2 世の図書館には 40 万冊が収蔵されていた。それにも関わらず、活版印刷が登場すると、1485 年、オスマン帝国のバヤジット 2 世はイスラム教徒を対象に、アラビア語の印刷物の制作を禁じた。書籍の普及が宗教指導者の地位を危ぶめると危惧したためだろうと推測されている。
- AI による技術革新が進んでも、世界が失業者で溢れることはないと、労働塊の誤謬を引いて説明する。つまり、労働の一部が機械化されようとも、長期的には人間が労働量を奪い合う状況にはならない。また、仮に AI による技術革新で失業者が増加するならば、その技術革新の果実を消費する購買力が弱体化する。これが結果的に技術革新を減速し、巡り巡って再び雇用を生み出す源泉になるとも議論されていた。
- 陳腐な思考実験の一つ、逆転クオリアへの言及がある。逆転クオリアについては、否定的に論証した論文『クオリアからクオリティへ』(2022) に一読の価値があると思う。
- 僕自身はこれを要約した YouTube 動画を見ただけで、当該論文は読んでいませんが…w
- AI が科学理論の蓋然性を判定するアイデアは面白い。一方で、人口に膾炙した「現行の AI は、後続する確率の高い単語を選んで並べる装置だ」との説明が正しいとすると、まだ AI は「推論」を習得していないように思える。そんな AI に、完全に新規な科学理論の蓋然性を判定できるだろうか?
ちなみに僕自身は、「文字」こそが人間の文明水準を非線形に引き上げた偉大な発明だと思っている。文字によって、知識は口頭伝達の依存から抜けて、時間と空間を超えて共有されるようになった。文字以前の人間は 1 世代分の知恵 (今生きてる人が知ってる知恵) しか持ち得なかったが、現在の我々は何 100 世代もの人々が築き上げたすべての知恵を享受できる。これは、他ならぬ文字のおかげだ。
まんがで読破 日本書紀
イザナギ・イザナミの神代の時代から第 41 代 持統天皇までの歴史を、サクッとさらえるコスパの良い 1 冊。日本書紀の記述だけではなく、現代の史家の考察も合わせて読める点は good👍 中国・朝鮮などの史料と突き合わせた補足もあって、客観的で読みやすい。
実在がほぼ確実なのは、第 26 代 継体天皇からだそう。まず第 1 代 神武天皇は前 660 年 2 月 11 日に即位したとされているが、架空の存在と考えられている。第 2 – 9 代の天皇については詳しい事跡が記されておらず、これを欠史八代と呼ぶそうだ。第 10 代 崇神天皇が、実在の可能性が認められる最初の天皇のようだ。「令和は第 126 代」は、話半分に受け止めるべきなんだね😅
第 12 代 景行天皇の息子 小碓尊は、朝廷に対し謀反を企てた九州南部 熊襲の長 川上梟帥を討伐した。討たれた川上が小碓を「ヤマトタケル」と呼び称えたことが、日本武尊の名前の由来だとか。小碓は女装して熊襲の宴会に忍び込み、不意を突いて川上を暗殺したらしく、勇猛果敢なイメージとは少しズレを感じた笑。このあと小碓は東方の蛮族も次々に平定したそうだが、これは紛れもない侵略だよね。大和朝廷の帝国主義を感じるエピソードだ。
第 33 代 推古天皇の頃から、ようやく日本書紀の記述は歴史書として信用できるものになるそうだ。当時の出来事として有名な聖徳太子による憲法十七条も描かれており、歴史物語としても盛り上がる。馴染み深い言葉や出来事の、大きな流れにおける位置づけを知るのは、歴史の楽しみの一つだね。
漫画で読破とは言うものの、かなりの部分をナレーションで読ませてくる。とはいえ破天荒な神々の物語や詳しい記述の少ない天皇の治世の行間を、絵で埋めるのは大変すぎるのである程度は仕方ないか。
多様性の科学
集団の多様性が、組織の効率や生産性を高めるのはなぜか?豊富な実証事例を引いて、本書は多様性の実用性を解き明かす。凄惨な飛行機事故や遭難事故を読み解くと、組織の人材の多様性が決定的に重要だとの事実が浮かび上がる。
興味深い事例の一つは、スウェーデン北部のカールスコーガで、男性ばかりの町議会に女性が参画したことで、自治体の財政が改善された逸話。同国には、凍結した路面で歩行者が転んで負傷し、ひと冬で 4 億円超の経済損失を被る県もあるという。カールスコーガの町議会は、除雪する道路の優先度の議論に女性を取り込み、この圧縮に成功したそうだ。背景には通勤手段の男女差 (男性は自動車、女性は公共交通機関 + 徒歩) があり、男性だけの議会は (除雪の効果が薄い) 自動車用の主要道を誤って優先してしまっていたのだ。
ほか、印象的な箇所をいくつか列挙しよう。
- 本書は「CIA にムスリムがいれば、アルカイダの攻撃を予期できた」とでも言いたそうな議論で幕を開ける。キューバ危機や、ソ連崩壊なども。
- さすがに後知恵バイアスじゃないかな…🤔 多様性は強力だけど、別に万能ではないはず
- 有名な 1978 年 12 月 28 日のユナイテッド航空 173 便の墜落事故 (Wikipedia) と、Hippo を併せて論じていたのが印象的。機長の Hippo が場を支配し、判断を誤らせた。
- Hippo = Highest Paid Person’s Opinion、Avinash Kaushik 氏が提唱した言葉
- 心理的安全性は、チームのパフォーマンスを左右する要素の中で飛び抜けて重要だとした Google の調査も紹介される。
- 人は不確かな状況に直面すると、ある種の支配的なリーダーを支持して秩序を取り戻そうとする傾向があるそうだ。これを代償調整と呼ぶ。参考文献として Differences Between Tight and Loose Cultures: A 33-Nation Study が挙げられてるけど、この論文が提唱した概念?よく分からない
- 2025 年現在、世界各地で強権的で独善的な元首が選ばれる傾向がある気がする。これも代償調整だろうか
- 18 世紀のスコットランドでは、社交クラブがいくつも建てられ、でアイデアの融合とそれに続くイノベーションが加速した。才能の多様性が、大きな成果をもたらした例として言及されている。
- オイスタークラブ: 『国富論』のアダム・スミス (哲学者、経済学者)、CO2 を発見したジョゼフ・ブラック (化学者)、ジェームズ・ハットン (地質学者)
- セレクト・ソサエティ: ジェームズ・アダム (建築家)、フランシス・ホーム (医師)、『人間本性論』のディヴィッド・ヒューム (哲学者)
- 食事療法の “標準化” を “多様性を排除する悪” として語る箇所が気になった。確かに GI 値は、複数の被験者を対象に測定した値の「平均値」でしかなく、実際の反応には個人差があるそうだ。しかし医療というのはそもそも、そうした違いを持った多数の個人のそれぞれに効果的な基準や方法を提示するものだと思う。
- もちろん、現時点の GI 値の考え方が最善で改善の余地は一切ないと言うつもりはないけど、科学や技術の歩みに対する理解に欠いた記述だと感じた。
- 読んでいた当時にたまたま関心の強かった 2 つの話題が偶然にも言及されてて驚いた。コンドルセの集団意思決定論と水筒の発明。前者はちょうど関連するブログを書いたばかりだったし、水筒については今四半期に読んだ『人類を変えた 7 つの発明史』でも言及されていた。

