合法性と実効性をもっと真剣に考えよう
2015 年出版の『新国防論』を読んだ。主眼は、同年 9 月 19 日に成立した安保法制。当時の安倍内閣が提出する 11 の法案は、戦後日本の安全保障政策を大きく変えた。中には自衛隊がいつでも他国軍の軍隊を後方支援できるようにした国際平和支援法も含まれる。
一貫して指摘するのは、軍事の合法性と実効性への真摯さ。本書には「自衛隊を廃止せよ」や「軍備を拡張せよ」や「改憲」「護憲」のような、性急で極端な主張はない。自衛隊が派兵されるのは、国際法の世界。視野の狭い日本限定の法理ではなく、国際法からどう見られるかを理解せよと強調する。
集団的自衛権と無関係な 2 枚のパネル
2015 年 5 月 15 日の記者会見で「集団的自衛権を行使できないと国民の生命を守れない」と安倍元首相が提示した 2 枚のパネルは的外れだと本書は指摘する。どちらも集団的自衛権と無関係。僕は「集団的自衛権」と「集団安全保障」の違いを知らなかったから、目から鱗が落ちた。
1 枚目の問題は、(1) 自衛隊が戦地の在留邦人を安全に空港か寄港地まで避難させるための武装警護は、集団的自衛ではなく軍事行動である。(2) 日米防衛協力のための指針は邦人救出を自衛隊の任務と定め、米輸送艦に輸送の責任は無い。(3) 米輸送艦を攻撃しアメリカに仇なす脅威など、ほとんど想定しにくい。(4) 仮に邦人が攻撃される場合、個別的自衛権で対応できる (集団的自衛権は無関係)。
2 枚目の問題は、集団的自衛権と集団安全保障の混同。集団的自衛権は国際法が定める国家の権利で、集団安全保障は国際安全保障体制の一種。前者は権利であり行使は任意なのに対し、後者は制度であり加盟国にとって協力は義務。PKO は国連を中心とした集団安全保障であって、日本では PKO 協力法に規定される。集団的自衛権と関係がない。
当該の会見で、安倍元首相は本当に集団的自衛権の行使のみに言及したのだろうか?本書は会見をそのように整理し、上記のような批判を加えている。僕が会見の動画を実際に見たところ、集団的自衛権だけの話をしているとは解釈しなかった。当記事は本の内容を自分なりに整理したもので、必ずしも僕自身の考えを表明したものではないことに注意。
国際法は、それを武力行使と見なす
資源のために武力行使すると取られかねない安倍元首相の軽率な発言にも言及がある。2015 年 2 月 16 日、氏はホルムズ海峡に機雷が撒かれれば、それは「存立危機事態」だから武力行使が容認されうると発言した。国連 5 大国ですら武力行使を集団的/個別的自衛権の発動と “言い訳” する程度に自制的な一方で、日本の首相が資源を理由に武力行使が正当だと発言するのは恥ずべきことだ、と。
本年二月十六日の衆議院本会議において、安倍総理は以下の答弁をしている。
〔…〕仮に、この海峡の地域で武力紛争が発生し、ホルムズ海峡に機雷が敷設された場合には〔…〕我が国に深刻なエネルギー危機が発生し得ます。〔…〕
石油供給が回復せず、我が国の国民生活に死活的な影響が生じるような場合には〔…〕我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況に当たり得ると考えられます。
安倍総理の答弁に関する質問主意書
派兵された自衛隊は「武力行使と一体化」しないとの論が憲法に矛盾するとも指摘する。多国籍軍の統合司令部は、必ず現地政府と地位協定 (*) を結ぶ。司令部はこの特権を多国籍軍の各部隊に付与し、作戦上の指揮権の強制力とする。武力行使の主体たる多国籍軍と、その指揮下にある部隊が一体化しないなどとは、国際法は考えない。
日本国内で右・左がどんなに法理を積み上げても、自衛隊が送られるのは国際法の世界です。その観点から自衛隊の武装海外派兵を見ると、絶対的に憲法と矛盾するのです。
新国防論
(*) 軍事行動における過失を現地法から訴追免除する取り決め
主体性を喪失し硬直した日米地位協定
1960 年に署名され発効した日米地位協定は不平等で非合理と見る。日本は米軍基地に配備される武器を事前に検査できず、内部の検閲もできない。戦後一貫して治外法権を許し続けるこの協定は、これまでに一度も変更されていない。それどころか当初の枠組みになかった思いやり予算を 1978 年以降は追加で負担する始末。
各国に基地を持つ米軍がその駐留国と結ぶ地位協定は、日米のものに比べて柔軟だ。敗戦国 ドイツとイタリアは米との地位協定を改定し、現地政府は軍備の持ち込みを拒否でき、いつでも基地内を検閲できる。米韓地位協定はこれまでに 2 度改定された。フィリピン政府は米軍から “家賃” を徴収していたそうだ。
現実的に平和を実現する道筋
国連 PKO に携わった筆者の提唱する平和の方法は興味深い。例えば国防上の脅威になりうる福島第一原発の扱い。施設を国有化し、全作業員を国家公務員にする。テロリストの標的となれば致命的なこの設備の警備に、国が全責任を負う。さもなくば主権を国連に放棄し、集団安全保障として警備せよとの案が述べられていた。
国際的な常識を基準に、日本の戦略を組み立てる重要性を痛感する本だった。現代の戦争とはどのようで、対処すべき脅威とは何で、国際法に適合する行為が何なのかを理解する必要がある。一体化だ武器の使用だと、既存国内法との整合のために捏ねられた法理は、激動する国際情勢の前では砂上の楼閣に過ぎない。

