鮮明なフラッシュバルブ記憶が改変されてしまうメカニズム

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これは,2010年2月4日,大学2年生の僕が授業「心理学」の課題レポートに書いた文章.フラッシュバルブ記憶と呼ばれる,劇的な事象に直面した際に形成される鮮明な記憶がときに改変されてしまうことを,アーリック・ナイサー氏による調査を引きつつ,自身の経験も交えて議論しているようだ.

しかし NBA 観戦を全くしない僕が「9.11 テロ当日は NBA を観てた」と記憶してたというのは,どうも不審だ.論旨に好都合な記憶を捏造してないか?少なくともそんな記憶,今の僕には無いね.末尾に書かれた「4歳の誕生日の記憶」も無いけど,これは単に忘れただけか?


1. はじめに

まずフラッシュバルブ記憶とは何なのかについて考えてみる。非常に劇的な出来事が起こったときに、自分がどこで何をしていたのかということについて、一般的に言って、非常に細かいところまで鮮明に覚えていられる。そのような記憶をフラッシュバルブ記憶という。フラッシュバルブ記憶の特徴は、記憶が鮮明なことだけでなく、通常の記憶とは異なり、時間が経過してもほとんど忘却が起こらないということである。

2. フラッシュバルブ記憶

しかしなぜフラッシュバルブ記憶なるものが起こるのであろうか?そのことを記憶の仕組みから考えてみたいと思う。

図1 記憶のプロセス

人間の脳というのは図1のようなプロセスで物へのアプローチを行っている。まずは Sensory Processing で物を見たり、聞いたり、触ったりと五感を使って、物を感じ取る。次に Perception でそれを知覚し、Cognition で認知する。この認知した段階で Working Memory、いわゆる短期記憶とのアクセスがなされ、一時的に記憶され、この Working Memory はほんの少しの間しか記憶することができず、しかも容量も非常に小さいのである。

そこで長期にわたり大量の情報を記憶しておける Long-term Memory、長期記憶にアクセスされる。しかし、この Long-term Memory というのは Working Memory と異なり、何でも記憶してくれるわけではない。そこでさらに、今までに経験したことがあるかどうか、そして経験したことがあればどういう時に経験したのか、どのような意味を持つ経験なのかを判断し、そして今体験しているものが必要なものだと判断した場合には Long-term Memory に記憶されるのである。記憶というのはこのような仕組みでなされている。

それではこのプロセスの中のどこでフラッシュバルブ記憶がなされているのであろうか?それはおそらく Working Memory において行われているのであろう。正確には Working Memory に物がアクセスされるまえにその衝撃的な内容からすぐに重要であると理解され、直接 Long-term Memory に記憶されそのまま日々がすぎるのであると考えられる。つまり直接に記憶の奥深いところに記憶されるので何年たっても忘却することはなく、記憶自体も鮮明であり続けられるのであろう。これらがフラッシュバルブ記憶の仕組みであると考えられる。

3. 自分のフラッシュバルブ記憶

それでは自分のフラッシュバルブ記憶について書きたいと思う。私がここ数年で一番衝撃的で記憶に残っているのは 2001.9.11 のアメリカ同時多発テロ事件である。事件が起きたとき、私はちょうど一人で部屋を暗くしてテレビで NBA を見ていて、ニュース速報とともにチャンネルを変えるとビルの真ん中あたりに大きな穴が空いていて煙が上がっている映像が目に入ってきたことを記憶している。そのままテレビを見ていると2機目がビルに突っ込んでいた。そしてそのままテレビを見続けた。そのときいま目の前で流されている映像が現実のものとは思えず、映画ではないのかと思ったのをよく覚えている。

これが私の記憶していることである。それではこの記憶に関して分析していくことにする。

4. 記憶の分析

それではまずこの記憶がどこまで正しいのかを分析したいと思う。まず記憶が間違えている点として、テロが起きた時間は午後10時すぎでその時間に NBA 関連の番組はやっていなかった。それにテロが起きたときのニュースを見ていたとき一人で見ていたのではなく両親と一緒に見ていたらしい。

こんな結果になってしまい、はじめに書いたフラッシュバルブ記憶の特徴の、「記憶が鮮明なことだけでなく、通常の記憶とは異なり、時間が経過してもほとんど忘却が起こらないことである。」ということと少し食い違ってしまった。なぜ細部で食い違いが生じたのであろうか?そもそもフラッシュバルブ記憶はどこまで正確に記憶できるのか?それについて自分の例以外にこんな例がある。

これはアーリック・ナイサーが行なったスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故に関する調査である。

ナイサーはこの事故の翌日授業で学生にこの爆発事故をどのようにして知ったか、その際の状況を詳しくレポートさせた。そしてこの学生たちの追跡調査を行なったのである。1年半後、多くの学生は記憶を劇的に変容させていた。例えば、次のようになっていた。

私は宗教の授業を受けていました。誰かが入ってきてそれについて話し始めたのです。私はそれが爆発し、先生の教え子たちがみんなでその惨事をみていたということしか詳しくは知りませんでした。

(1986年事件翌日の説明)

爆発について最初に聞いたとき私は新入生寮の部屋でルームメイトとすわってテレビをみていました。それはニュース速報として流れ、私たちは二人ともたいへんショックを受けました。

(1988年秋の回想)

記憶が変容してしまった学生のうち何人かは、最初に自分が提出したレポートをみせられても、そしてそれが自分の筆跡であることを認めたうえでもなお現時点での記憶のほうが正しいという確信を捨てられなかったらしい。

この調査から考えられることは、フラッシュバルブ記憶は、いかにそれが鮮明でありたしかなリアリティを備えていても、最初の記憶からは大きく変形してしまっている可能性があるということが考えられる。しかし、いかに歪んでいるとはいえ、フラッシュバルブ記憶は何らかの形で実際の出来事とつながっていると考えられる。例えば、自分は同時多発テロが起こったというニュース見たという事実を細部はどうであれ記憶していたし、このナイサーの行った調査の被験者は、細部はともあれチャレンジャー号の爆発のニュースを聞いたという事実は記憶していたのであるから、その意味では、遡及的に再構成されるとはいえ、それはあくまでも事実とのつながりを保持するのであろうと考えられる。よってフラッシュバルブ記憶というものがたしかに存在しているのであろう。

また細部に関して記憶があやふやなことにかんしては、上記したようにフラッシュバルブ記憶がなされるとき、記憶しようとしているものが入ってくると Working Memory に物がアクセスされるまえに直接 Working Memory を通り越して Long-term Memory に記憶されるのであるが、その過程で細部における記憶が抜け落ちてしまうのであろう。(そのような抜け落ちがないようにするために、一度 Working Memory に記憶するものが入り、ある程度まとめた状態で必要ならば Long-term Memory に記憶されるのであろうと考えられる)そのため細部に関する記憶があやふやになるのであると考えられる。

5. おわりに

ほかにも自分にフラッシュバルブ記憶と思われる記憶がいくつ思い出すことができ、(古いものは4歳の誕生日のものもある)しかもその多くは自分の中で重要なものである。まとめると、フラッシュバルブ記憶とはなにか衝撃的な出来事が起きたときにその出来事をなるべくすばやく、しかもなるべく正確に記憶しようとするための記憶の構造であると思う。自分の中に重要であるとされる記憶が自動で選別され、記憶されているということは非常に興味深いことである。

[参考文献]