科学技術者の倫理が消費者と企業を守る
これは,2010年1月17日,大学3年生の僕が授業「科学技術者の倫理」の課題レポートに書いた文章.記事タイトルに書いた通り「科学技術者の倫理が消費者と企業を守る」と要約できる内容で,科学技術者倫理の必要性を説いている.課題の問い「科学技術者倫理はなぜ必要か?」に対して,僕の中に明確な答えがあったからか,大変明快な文章だ.転載に当たって見出しを追加したので,目次をこの下に載せよう.
- 理由1: 消費者を巻き込む悲惨な事故を未然に防ぐため
- 理由2: 長期的な利益を確保することで企業を守るため
科学者倫理がなぜ必要とされるのかを、ふたつの観点から考察していくことにする。
理由1: 消費者を巻き込む悲惨な事故を未然に防ぐため
まずひとつめは消費者の立場から考えていく。一般に、消費者は、いかなる過程を経て商品が製造され、いかにして運び店頭に並べられ、市販されるかについての詳細な、あるいは完全な情報を製造者に求めることをしない。確かに定められた法律の範囲内では全く不可能ということではないのだろうが、しかし消費者が購入する全ての商品に対しての完璧な知識を手にするには、それ相応の莫大な時間と労力を必要とする。この大量生産、大量消費の時代にあって、どんなに神経質な消費者にもいちいちそんなことをする時間は許されていないだろう。
消費者は、自分が買う商品の全てを知っているわけではない、そんな状況で消費活動を行っている。しかしながら悪意ある製造会社によって使用者にとって危険な製品がこの世に登場するかもしれないし、善意の製造者も過失や思い込みや手違いによりそのような商品を不本意にも販売してしまうかもしれない。ではなぜこのような不安な状況の中でも、消費者は疑心暗鬼にならずに正常に消費活動を行い、継続できるのか。
それはひとえに製造業者の努力、技術者の責任に支えられた安心があるからだ。無責任な者が危険性を看過し、科学技術を駆使した製品を販売することは、多くの消費者を傷害するかもしれない。今や科学技術は高度に発展し、一般の消費者には仕組みが分からないようなハイテク製品は増加の一途を辿り、使用法によっては大変な事態を引き起こす恐れをはらんでいるためである。電子レンジの庫内にゆで卵を置き、加熱することは、電子レンジの理屈を理解したものになら容易に危険を類推することができるが、一般の消費者にはそれができないということは、この最もふさわしい例のひとつになろう。
消費者を守り、社会に対して責任を持つことが非常に重要であることはこのことからも理解できるが、これを達成するための一つの手段が、いま議論する「科学技術者倫理」の考え方だ。科学技術を応用した製品により発生する悲惨な大事故を未然に防止する意味において、技術者倫理を求める価値は大いにある。
理由2: 長期的な利益を確保することで企業を守るため
ふたつめには企業側からの視点での技術者倫理の二次的な必要性を考える。この議論では、仮に技術者倫理を著しく欠いた製造業者の末路を、理路整然とした推理から予測してみることにより考察を深めていく。
例えば技術者倫理を著しく欠いたインベンターが、または技術者よりも強い権力を持った者が、危険を予知していながら、利潤の追求やその他の何らかの目的を理由に、それを改善せずに商品を販売したことを考える。その商品が誤った使用法や、回数を重ねた使用に耐えず、誤作動や故障を来たすことは明らかである。その際使用者に、製品の鋭利な部分が刺さるとか有害な物質が漏洩するとかして傷害する事例は多く生じるだろう。
するとその販売会社には多くのクレームが押し寄せ、中には返品、修理を求める場合も発生するかもしれないし、損害賠償を請求されることもあるだろう。これらの苦情の全てに的確な処理を行おうと、一度付着した悪いイメージは容易に払拭できるものではなく、長く売り上げの成功を押さえつけることになる。消費者の持つその製品、その企業に対する印象は悪化し、販売数も減少、結果的には失わずに済ませることのできた多くの利益を失う。
確かに企業は適切な経営を行うことが求められ、つまり適切な利益をあげることが必要である。しかし目先の利益のみを重視し、倫理観を見失っては、適切な利益を上げることはできず、また公正な経営を行うという課題さえクリアできない。企業が企業たるためには、少なからず利益を得ることが絶対条件であり、それを克服するためにも、長い目で見れば技術者倫理が非常に密接で肝要であることは明白である。企業を守る意味においても、「技術者倫理」という概念はなくてはならない重要な課題である。
以上、消費者を守る、企業を守る、二点の観点から技術者倫理の必要性を考察してみた。どちらも同等に大切なことであり、決して軽視すべきでない事項であることを忘れずにおきたい。

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