次元大介の話

3DSをやってると思うことがある。
3DSはかなりよくできてる。最初は慣れが必要で、慣れるまでは目が疲れちゃって30分もやればもう十分って気になる。
けどもう慣れちゃった今は、全然1時間でも平気でプレイできる。慣れって怖いけど、慣れで助かることもあるよね。
これはたぶんだけど。
画面より奥にも手前にも世界が広がってて、画面のある平面より奥や手間に物があるように見える。
でもそれをキチンと見るためには、画面の奥や手間に目のピントを合わせたらダメなんだよね。
だって実際にはそこにものがあるわけじゃないから、空間にピントが合うだけで何も見えない(ピンボケで画面が見えるとも言えるか)
だから画面の奥や手間にあるものを見るのに、画面そのものに目のピントを合わせて見てる。これは非常に不自然。
黒板を見るために、前の席の女の子の髪の艶にピントを合わせる。みたいな行為。ん?なんか論旨ずれた?
非常に不自然なことを自らに強いながらプレイするから慣れるまでは疲れるんだろうな。まあ慣れれば大丈夫なんだけど。
でもこれに慣れると近眼になりそうな話だよな……俺目良いから今さらメガネとかになりたくねーなー…
まあ、慣れれば大丈夫。3Dのディスプレイは、俺の意見ではこれから拡がるんじゃないかと思う。慣れれば大丈夫だから。
マトリックス2に出てるザイオン入口管理室のパソコンのインターフェースなんかこれで実現できそうだしね。まあ需要とか有益性があるかは別だけど。
で3D画面が一般的になったとする。その頃には、白黒がカラーに取って代わられたように、2D画面は完全に3D画面に置き換わるか。
そんなことを考えます。3DSをやると。
でもそんなことないんじゃないかなって思う。
だって一番シンプルで完成した表示媒体って紙でしょ。紙を越えることは今や簡単に出来るけど、紙はなくならない。
なぜなら紙の原料である植物は、『キチンと増やせば』無限に使い続けられる資源だからね。
3D映画の広告も紙に印刷するんだ。2Dも大丈夫にならないとダメだし。
てか人間が紙に書くものは必ず2D。ピカソもゴッホもモネもダリも、みんな2Dだった。
これから生まれいずる画家たちも2Dの作品を作るでしょう。
パソコンがあれば3Dの描画はできる。でも紙と鉛筆では3Dは描けない。
だから2Dへの需要は無くならないというか。もう難しいからやめた!
とにかく3Dしかない世界はないだろう。でも渋谷のあのディスプレイが3Dになったりタイムズスクエアのディスプレイが3Dになったりはあるかもね。

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