▼365ピース慈愚想

まず簡単にご挨拶。3年生1年間ありがとうございましたそんで引退おめでとーございます
もっとたくさん今週の飲みに来てね
んでもうとうに春休みは終わったのだあの極寒の春合宿を経験して、座敷の長机で飯食った頃を懐かしく振り返りながら、物凄く退屈に過ごした3月の初旬
そんな頃俺には一つの趣味があったそんなに短期的なことを趣味と呼ぶのかって問題はひとまず無視しよう
春休みの暇な頃、俺は炒飯作りにはまってたんだ
一人暮らしでもないし、お家に帰れば勝手にご飯が出てくるんだよねありがたいことですそんな優しい暮らしに慣れちゃったから料理なんて俺は全然しなかった
これじゃイカンフンドシ締め直さねば料理のひとつも出来ないで一人暮らししたいなんてほざく権利はない
と思ったわけじゃないが、なんとなく炒飯作りに目覚めたんだ退屈でしょうがない日の昼飯は自分で炒飯作って食おうと決めた
作った回数を重ねること7回わぁ少ねー…こんなんで趣味と呼べるのかって問題はひとまず無視しよう笑
いつかテレビで見たことあって、炒めるご飯をまず溶き卵に浸すんだってそうすることで米粒の表面が卵でコーティングできて、炒めたときに熱で卵が固まるから、いい感じのぱらぱら具合になるんだとよ
ってことを踏まえて、我流炒飯調理法
①卵をボウルに割って溶く
②ご飯をボウルに入れて溶き卵と混ぜる
③フライパンに流し込むそして火を点ける
④菜箸で引っ掻き回し続ける
⑤いい感じにぱらぱらしてきたら塩胡椒をテキトーに振り掛ける
完成!
料理本に載せて難易度を付けたら
★☆☆☆☆
5段階中1の難しさ、つまりすげーカンタンってレベルのシンプル炒飯
何がシンプルってチャーシューもネギもナルトも何も入ってないとこだなただ文字通りの炒めた飯
これが旨いんだなぁたぶん自分で作ったからなんだろうけどな
慣れたら魚肉ソーセージをバラバラに切ったやつをチャーシュー代わりに入れたり、ちゃんとネギ切って炒めたり、コチュジャン入れてみたりしたけど、色々作業が増えて面倒なんだな
そんなことしないで、別に『野菜ちぎって盛ってサラダ』を用意したほうが満足感得られるしねー
これぞシンプルイズベストってやつなんだ。
ここで話は変わります。
室町に幕府のあった時代に天皇の一族から生まれ、出家して坊主になった人間がいました彼は後に一休さんの名で国民的な人気者になるが、当時はそんなことは知る由もない。
ってか一休さんが天皇の一族の生まれだってのも知らなかったでしょ(‘∀’●)
室町時代のいつ頃かに応仁の乱ってのがあってさ、京都の雅びな文化は戦火に焼かれてたくさん失われてしまったんだって
大陸から輸入した唐草模様のギラギラした陶器とかが流行ってたんだけど、そんな高級品はもう全部ぶっ壊れちゃって、新しく輸入するのも大変な時代だったんじゃないかね
当時の文化人はすることがなくなって困り果てたんだって茶の湯で名をあげた某氏もそのうちの一人で(その人の名前は忘れたな。村田珠光だ思い出した字合ってるかな)
一休さんは知恵のあるお坊さんとして有名だったから、お寺に行ってアドバイス貰いにいったんだって。
『一休さん、流行りの湯呑みはあらかた壊れちゃったけど茶の湯の文化は廃れさせたくないんだどうしたらいいと思う?』
そしたら一休さんは答えました。
『ふむふむ。確かに先の戦乱で今までの良いものはたくさんなくなったな。ならば今までとは逆を向けばよいのだ。
今までは派手な模様の湯呑みで豪華絢爛に咲き誇る花を愛でたものだが、
これからは土の感触がまだ感じられるくらいいびつな形の素朴な湯呑みで、
戦争で荒れ果てた荒野に咲くたった一輪の小さな花とかを愛でる心に主眼を置いたらどうだ』
みたいなことを言ったんだって。茶の湯に限らず、戦乱で危機に瀕した文化を守ろうとして色んな文化人が一休さんのとこを訪ねたんだと。
一休さんは京都の荒れた雰囲気もまたいいもんだみたいなことを言って、侘しさを愛でる心を持つように、その色んな文化人に提案したんだって
すると『侘しさ』っていいなってみんな思って、日本人の基本的な価値観とも言える『シンプルイズベスト』が発達したそうな。
よく茶の湯の世界?で言われる『わびさび』のわびは侘しさのわびなんだってさ
ぜんぶテレビの受け売り
(2010/05/13)

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