ボルツマン脳、ホログラフィ、マルチバース。知の最前線で観測者に委ねられたタイプ C の “謎” とは? – 書評 2025 Q4

95% の宇宙

最近いろんな YouTube に登場してる UC バークレー校の教授 野村泰紀氏による宇宙物理学の入門。この本の内容を YouTube で見たければ、ReHacQ (#1#2#3#4) と CrossDig (#1#2#3) でほぼ同じ情報を得られる。この本を書く際に整理した情報を、YouTube でも惜しみなく語ってるんだろうね。

Book cover of '95%の宇宙' featuring a starry sky background and a silhouette of a person gazing at the stars with text about understanding the universe.
95% の宇宙

印象的なのは、物理学の文脈に登場する「謎」の 3 分類。タイプ A は、単に「不思議だね~~」という程度の謎。タイプ B は「理論はあるけど、この理論が正しいか自信がない」の意味。タイプ C は「まだはっきりしたことは全然分からない」の意味。これらを本書はキチッと区別して語るから、現代の物理学は何を分かっていて何が分かっていないかが、非物理学者の読者も誤解なく読み解ける。表面的な分かりやすさやキャッチーさに走らず、誠実に語る本書は信頼できるよね。

テキスト内容が表示された本のページ
Amazon の試し読みから抜粋

僕が個人的に気に入った数点を追加で紹介しよう。

  • 宇宙のエントロピーがなぜこれほどまでに低いのか、上手く説明する理論はまだ無く、タイプ C の謎だそうだ。これはボルツマン脳の問題として知られるらしい。が、ちょっと難しくてよく分からん…笑
  • 余剰次元の影響はマルチバースに現れる?超弦理論によれば、余剰次元の形は素粒子の種類や性質、真空のエネルギー密度などの宇宙の根本のパラメータに影響すると予言されている。我々は、たまたま 6 次元がコンパクト化 (カラビ・ヤウ多様体) され、空間 3 次元 + 時間 1 次元のように感じられる宇宙に住んでおり、このことがこの宇宙のパラメータが今の値をとる根拠を形成するのだと。
  • ブラックホールの相補性が興味深い。曰く、運動について相対論が論じたのと類似して、情報についても相対性があるという。神の視点から見れば、ブラックホールの外と中に情報が複製されるケースはありうるように思える。しかしながら、それらを誰も両方同時には観測できないので、情報は複製されてないと見なすのだとか。このことは「時空の存在自体も、観測者の視点に依存する」と本書では表現されている。
  • ホログラフィー理論とは、例えば重力のある 3 次元空間で起こる物理現象は、重力を含まない 2 次元空間 (これを共形場と呼ぶ) にマッピングできると主張する理論。そしてその具体例として AdS/CFT 対応がすでに発見されているとのこと。
    • 2016 年に『重力とは何か』(大栗博司 著) を読んだとき、同書に登場したホログラフィー理論がさっぱり分からなかった。もちろん今も物理学者が分かるのと同じ意味では分からないけれども、当時よりは分かった気持ちになれたのが嬉しい😊

歴史は実験できるのか

『銃・病原菌・鉄』の著者ジャレド・ダイアモンド氏が贈る人類史への考察本。特に印象的だったのは、イースター島の文明滅亡の原因は、島民の無知や無謀はないと指摘した箇所。この結論は、太平洋の 69 の島々に関する 2 つの統計分析から導かれた。

書籍『歴史は実験できるのか』のカバー画像。歴史的な場面を描いた絵画が背景にあり、タイトルと著者名が上部に配置されている。
歴史は実験できるのか
分析説明変数定義域
環境変数(1) 降水量、(2) 気温、(3) 島が誕生してからの年数、(4) 風で運ばれた灰、(5) 風で運ばれた塵、(6) マカテア、(7) 島の面積、(8) 島の海抜、(9) 孤立状態数値、または 2 – 4 段階評価
農業変数(1) タロイモの水田耕作、(2) ヤムイモ、タロイモなどの作物の畑作、(3) パンの木の樹木栽培、(4) タヒチアン・チェスナッツやカンラン科のナッツの樹木栽培それぞれ [存在しない]、[存在してもわずか]、[重要]、[有力] の 4 段階
(*) マカテアとは化石化したサンゴから構成される地形のことで、これは歩行に適さない

森林破壊の程度 (5 段階で評価) を目的変数に重回帰分析を行なうと、農業変数は森林破壊を上手く説明せず、環境変数は森林破壊を上手く説明したそうだ。つまり、イースター島の再起不能な森林破壊の原因は、風によって運ばれる灰や塵が太平洋のどの島より少なく、ポリネシアの中では最も気温が低く、最も孤立しており、マカテアが存在せず、海抜が低く、面積が小さく、誕生してからの年数が長く、乾燥していたからだと。

歴史の原因を環境に求める論理展開は、相変わらず痛快だ。「人間性」などの曖昧さではなく、地形や気候や植生などが歴史を制約してきたとの視点はとても科学的だし、再現性もありそうだ。一方で、上記の分析を読んでも、十分に納得できるかというと微妙に思う。元ネタの論文はもっと詳しいのかも?

他の感想

  • 入植者、出移民、settler、mover、pioneer などの言葉の発達、面白い
  • 銀行が文明に与えた影響。アメリカ、メキシコ、ブラジル。アメリカでは州が銀行の大株主!すごい…。銀行設立を制限すれば、既存銀行が政府に甘くなる。
  • ハイチって大坂なおみの出身だっけ?ドミニカ共和国と隣接する貧困国だそうだ
  • 奴隷制度と現代の AI を重ねた風刺を思い付いた

三体

書籍『三体』の表紙には、宇宙と未来的な風景が描かれ、タイトルが目立つデザインになっています。
三体 (3 部作の第 1 部)

数々の賞に輝き、オバマ元米大統領も推薦したという傑作長編 SF。僕はいまいちピンとこず、あまり内容を覚えていない😅 印象にあるのは人列コンピュータで、実際に動かすなら、おそらく陸自中央音楽隊のような軍楽隊がセットで配備されるんだろうと想像した。

Netflix による人列コンピュータの実写化には、軍楽隊はいなさそうだけど

数 1000 万人の人間を論理ゲートとして同期させるには、CPU のクロック信号に相当する精密なテンポ刻みが欠かせない。かつての戦列歩兵は、太鼓の音で歩法を揃えた。人列コンピュータにおいても、伝搬遅延による論理破綻を防ぎ、計算の整合性を保つマスタークロックとして、軍楽隊の演奏が技術的に必然の役割を担うはずだよね。

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