ある定食屋の風景。

哲彦(29)は迷っていた。出張で福岡に来たのだが、昼飯を食べる店が見つからない。かれこれもう20分は歩き続けている。昼休みももう、残り僅かだ。
ふと目の前にルマショという定食屋が目に入った。やや小汚い外見に哲彦は躊躇ったが『もう時間も無いしいいか』と思いそこに入った。
中へ入ってみると意外と広かった。しかし客は哲彦とくたびれた感じのサラリーマンしか居なかった。
急いでいた哲彦は店主に『この店で今、一番美味しいのを出してください』と頼んだ。もう、料理を選ぶ時間も勿体無かった。
店主は手早く作ると、哲彦のテーブルに運んでいった。運ばれたのは鉄火丼だった。
時間の無い哲彦は一気にその鉄火丼を口の中へとかき込んだ。哲彦は、あまり味には期待しておらず、とりあえず腹が満たされればいいと思っていた。
しかし、美味い。
こんなにも美味い鉄火丼は食べたことが無かった。哲彦は時間も忘れ、よく味わって食べた。涙が出そうになるくらいに美味かった。
それから2日後、哲彦は出張を終えて東京へと帰った。帰ってからも哲彦はあの鉄火丼が忘れられず、会社の同僚、家族などに話していた。
それから半年後、再び福岡の支社に出張が決まった。哲彦は『またあの鉄火丼が食える』と大喜びした。
福岡に着いた哲彦はすぐに定食屋“ルマショ”に向かった。店は半年前と全く同じ場所に同じ様に小汚く建っていた。
哲彦は小走りで店に入ると店主に鉄火丼を注文した。店主も哲彦のことを覚えていた様で、少し嬉しそうにしていた。
しかし、半年前とは比べ物にならないくらい不味かった。吐きそうになるくらい不味かった。
哲彦は店主に『半年前と同じ作り方ですか?』と聞いた。
店主は『そうですよ』と答えた。
哲彦は店主に『半年前とは違って凄く不味いんですけど』と言った。
すると店主は不思議そうにこう言った。
『おかしいですね?半年前と同じ鮪を使ったんですが』

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