考えること、話すこと

僕はなかなか自惚れが強い自尊心とか自信とか、自分のことが好きとか嫌いとか、色んな言い換えがあると思うけどたいていの事には自信があるような気がする
って言うと語弊しかないけどさ。語弊は恐ェ丁寧に、慎重に言葉を選ばないとな
俺はこうこうこういう事には、こんな考えを持ってるけど、その考え方について人にとやかく言われたくない少なくとも俺はこう考えるし、それを正しいと思って生きてる
みたいな感じ?抽象的な話だなあ…
例えばサークルで練習した後は絶対みんなでアフターとか言ってメシ食って喋り合ったほうが楽しい帰るなんて信じられないみたいな。
独りで暇にしてる時間が人一倍長いわけじゃないとは思うけどでも一人の時はめちゃくちゃ抽象的な人生哲学みたいなことを、経験と理想と混ぜ合わせて自分なりに練り上げてることが多い
あと自己分析も大好き最近分かった自分のことは、片思いが結構好きってことねもちろん出来るもんなら両思いがいいんだろうけど、甘酸っぱいってか歯痒い片思いも楽しいじゃないかって思うのです。
話したい方向性を忘れましたもともとあったかどうかも怪しいけど
なので最近思った話。
練習のあとアフターしようってことは俺はずっと前から思ってたんだけど最近アフターは楽しいだけじゃない、重要な意味があるような気がしたんだよ
サークルの練習は部活みたいで激しくやってるから、だらだら隣の人と喋りながらテニスなんて出来ない環境なんだよねこれはうちのサークルが掲げる方針の影の部分だと思う
方針そのものは怠い大学生活のスパイスとしてぴったりな厳しさなんだけどね
でも、練習だけいくら重ねても、サークル内で仲良く成り切れないところがあるのよせっかくいいサークルなのにそんなのもったいないじゃない
誰に決められたわけじゃなく、だらだらテニスするサークルもあるのに、あえて自分で厳しくテニス鍛えるんだっていうサークルを選んだ人たちの集団だいたい気が合うはずじゃないか
だから仲良くならない話はないよそこでアフターの登場ですよ。
今言ったようにサークルの人たちが仲良くなることは、楽しさを求める上でも大事なことなんだけどさサークルのメンバーが仲良くなるといいことはもっと他にもあってね
まず練習の雰囲気が変わる先輩に言うのは嫌だからって理由で、声出しするときに指摘とか注意とかアドバイスとかできるのにしないのはもったいない
後輩からどんどん言っていける雰囲気になるようにゼロから仕向けるのは難しいけど先輩後輩、関係なく仲良くなってれば『こうするともっといいですよ』みたいな事を言うようになるのは難しくないと思う
練習の声出しが変わるナイッショーとかドンマーイとか、そんなつまんないのばっかりじゃなくて内容の濃い声掛けが増える
しかも変わるのは練習だけじゃない試合の応援でも絶対にいい影響があるはず
どんな時に応援を頑張るのか。それは『この人には絶対に勝ちをもぎ取ってもらいたい』って本気で思ったとき
どうなれば『この人が勝つといいなあ』って思うかやっぱりそれはその人と仲良しで、それなりに好きだったら思うんじゃないかな
サークルの勝利のためにみたいな大義名分は間違っちゃいないけど、実感としては遠い感情でしょ
仲良しっていいことこんな分析をした結果、今俺は練習のあとにはアフターしたいなあって思う部分もあるのさ
それなのに
…って続けようと思ったけど、なんか長くなっちゃったからやめるか続きはありません、抽象的な話をしたみたいだけど、俺が言いたかったのは先週の水曜のアフターの話だったんだよねー逸れたなー大幅に

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