▼角砂糖の蜂蜜掛け

『恋をするとき大事なingが三つあって、』
とジョアナは朗らかに話し始めた。雨は降り止んで、石畳の道路はじわじわと暖かさを取り戻している。
『一つはタイミングね。』
ジョアナがこんな話をするときは、昨日誰かから聞いたばかりの話の受け売りか、昨日読んだばかりの本の受け売りかのどちらかに決まっている。アンソニーは退屈の色を精一杯隠して、耳を傾けるふりをした。
『ふうん。確かにタイミングは大切だね。好きとか嫌いとか、そんなのは気持ちの問題なんだから、時間が経って気持ちが変わってしまうことは、十分にある。』
『そう。あそこのミスター・バーカーも、そのうちにミス・ラベットを好きになるかもしれないもんね。でもあの人よく分からないから、ミス・ラベットの片思いにも気付いてないような気もするけど。』
鳥かごに閉じ込められているような生活からの束の間の解放を手にしたジョアナは、自分のことよりも他人のことのほうが気に掛かるようだ。噂話を途切らせる気配をまるで持たない。アンソニーはしばしシャワーのように降り掛かる言葉の雨に打たれる覚悟をした。
『…でね。二つ目はなんだか分かる?』
『いや、分からないな。』
分かるか分からないか、イエスかノーかを聞かれた疑問文に、ノーと答えるとジョアナは少し眉をひそめたようだった。その理由ならアンソニーにも何となく分かったが、特に気にしない。
『二つ目はハプニングなんだって。思いがけない出来事がきっかけになって、実るものがあるっていうか。』
ここへきてジョアナの口調が、この話が伝聞であることを表明した。しかしそんなことはとても大切なことではない。アンソニーはじりじりした顎を人差し指で撫でながら別のことを考えていた。あれ、今朝髭剃らなかったかな?
『ねえ、どう思う?ハプニングのこと。』
いや、今朝もちゃんと歯は磨いただろう。そのまま髭も剃ったはずだけど。あっ、タオルがないから一旦洗面所は離れたんだっけ。あれ、じゃあ今日顔も洗ってないのか。いや、顔は洗ったな、タオル使った覚えがあるぞ。でも髭はそのまま剃らないで来てしまったかもな。
『…え?ハプニング?あぁ、うん、ハプニングももちろん大事だな。例えば、誰か一人の命と引き替えに世界を救える、なんてハプニングがあったら、そりゃあもう吊り橋効果でぞっこん結婚ずっこんばっこんだな。』
『そうかな。わかんないけど。それよりアンソニー私の話聞いてる?』
ジョアナは怪訝な顔でアンソニーを見つめた。そんな言われても、僕は君のためだけの僕じゃない。ちゃんと聞いてない?それはね、世の中のせいだ。思ったことがすぐに口を突いて出たりしないところがアンソニーとジョアナとの小さな違いだ。
『まあいいや。三つ目はね、』
先ほど二つ目を聞かれたときは、ぶっきらぼうに答えたのがよくなかったのだろう。ならばここは一つ、興味のあるふりでもしようとアンソニーは考えた。
『ああ、ここまで聞いて、三つ目はぼんやりと検討がついたぞ。恋愛に大事なingだろう。』
そう言ってアンソニーはカバンの奥からコンドームを取り出した。
(2010/12/18)
(……意味分かる?続きページで解説しますよ、分からなかった人のために)


一つ目はタイミング。
二つ目はハプニング。
アンソニーは、
『三つ目はヒニング(避妊具)』
って言いたかったのよ。分かったよね、もちろん?ww

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