自分の作品に,別の視点を付与する重要性

すみながめ』で将来的に、自作のフォントをグッドデザイン賞に出したいなと思ってる.fontbox_small

準備をしなければならないね!

その準備みたいなイメージで、グッドデザイン賞の展示化に行って下調べしちゃおうと思ったんだよね.フォントの出展者が典型的にどういうことをやるのかっていうのを見れると嬉しかったんだけど、今回は分かんなかった。出展者を見つけられなかった (フォントかるたというのは見つけたけどね).
index
でもフォントでグッドデザイン賞取る人ってきっといるよね。少なくとも今までにはいたはずだよね。と思うんだけどどうだろう、いないかな。フォントはグッドデザイン賞取れそうだよね。フォントの出展者の様子を見ればよかったけど残念.
フォントを出展する人が言う「自分が何です」っていうアピールじゃなくて、「自分によって世の中がこうなりました」っていう話を見たかった。いずれにしても早くTabashikeフォントに対してフィードバックを貰いたいな。フィードバック貰う方法が結構難しいから,どうしようかな。

Tabashikeフォントは「何なのか?」

あのフォントは、「ディスレクシアの人の気持ちを分かるためのフォントです」っていうストーリーがあるんだよね。そのストーリーがいけてるかどうか分からないし,全然適切じゃない可能性もある。でも今のところ僕が思いつくそれっぽいストーリーは、それしか思いついてない。
たばしけ
やっぱり変なフォント作るのは自由だけど「グッドデザイン賞を取らす」ってなると,それなりのストーリーが必要だもんね。そのためのストーリーがあるかっていうと、ない。事後的にでっちあげたいなと思ってるわけです。
要するにTabashikeフォントって俺が「こういうフォントあったら面白いよねと」思いながら作ったフォントなんで、特に解決したい課題とか、念頭に置いた社会問題とかそういうものは特にはないんだよね.それがないのは事実として,それはそれでいいと思う.

https://platform.twitter.com/widgets.js
けどそれをグッドデザイン賞の審査に出して応募して「自分の商品を説明してください」と言われたときに、「なんとなくこういうのがあったら面白そうだからこういうの作りました」じゃ、説得力ないわけだ。

新しい切り口で,作品を見つめ直す

とすると、翻訳者がよく考えて選んだ翻訳じゃないパターン (この比喩の詳細はこの記事で)。翻訳者が自然と翻訳しちゃって特に理由はないんだけど、「なんでこの翻訳なの?」って言われちゃったパターンと同じ.俺は「Tabashikeフォントにどういう問題意識とか、どういう社会課題を重ねて作ったんですか」という理由を、改めて考え直す必要があるんだよね.
要するに言いたいことは、「Tabashikeフォントでグッドデザイン賞に応募するんだったら、それなりの正当な課題意識と重ねてあのデザインを説明しなきゃいけない」ということ。そう思ったときに、ディスレクシアという存在を切り口としてTabashikeフォントを捉え直すのは割といいかなとは思ってるんだよね。
//platform.twitter.com/widgets.js

コメントを残す

Powered by WordPress.com. テーマ: Baskerville 2 by Anders Noren

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。