所属せず、利用せよ

所属という発想は人から主体性を奪う.所属は人に心理的安全や誇りを与えたりする良い側面があるものの,思考を非人間中心的にして本来は中心であったはずの人間を蹂躙する悪い側面が無視できない.「私は A に所属している」という考えを「私は A を利用している」という考えに改めることで,主体性を自分に取り戻すことができる.
あなたが利用する通信キャリアは?
あなたが利用する通信キャリアは何ですか?Docomo?au?Softbank?それ以外?どれを利用しているにせよ,あなたはその通信事業者を「利用している」と考えているでしょう.おそらく,その事業者に「所属している」とは考えていないはず.
「利用」という言葉には,対等か,あるいはやや利用者中心的なニュアンスがある.あなたは Docomo を利用するか,au を利用するか (あるいはそれ以外か) を選ぶことができるし,(ほぼ) いつでも解約することができる.主体性はあなたにあって,あなたが中心的存在だ.
しかし,利用者は無制限に勝手気ままに振る舞えるわけではない.当然ながら利用者は料金を支払わねばならないし,利用規約にも従わねばならない.利用者は,提供者 (例えば Docomo) が課す利用規約に従って,料金を代償として支払うことで通信という対価を得ている.そもそも「利用」とはそういうものだ.
利用者 | 代償 | 対価 | 提供者 | 利用規約 |
---|---|---|---|---|
あなた | 料金 | 通信 | 通信キャリア | 利用規約 |
あなたは勤め先に「所属」している?
ところで,あなたは会社員ですか?個人事業主という働き方もあるけど,多くの人が会社員として会社に雇用されて働いているね.仮にあなたが会社員だと仮定すると,あなたは会社に「所属している」と考えているでしょう.おそらく,会社を「利用している」とは考えていないはず.なぜ?
「所属」という言葉には,対等ではなく,所属先となる組織・団体が中心的なニュアンスがある.あなたは労働力として会社の業務に従事せねばならず,雇用契約にも厳格に束縛される.主体性は会社にあって,あなたは周辺的存在… のように思えるかもしれない.しかし,本当に?
実際には,会社も無制限に社員を酷使できるわけではない.そもそも労働者はどの会社に勤めるのかを選べるから悪質な会社には端から入社しないし,入社しても (ほぼ) いつでも退職する権利がある.そしてこの構図は,先の Docomo の例とよく似てる.
違った視点から見ると,典型的には「所属」と解釈されがちな社員と会社の関係性を「利用」と捉え直すことができそうだ.すなわち,社員は,給料の提供者 (つまり会社) が課す雇用契約という利用規約に従って,労働を代償として支払うことで給料という対価を得ている,という視点.
利用者 | 代償 | 対価 | 提供者 | 利用規約 |
---|---|---|---|---|
あなた | 労働 | 給料 | 会社 | 雇用契約 |
国民が利用する「国家」というサービス
先に見た通信キャリアや会社の例を更に推し進めて,「国家」すらも所属ではなく利用であるという,前衛的な考えも可能だ.国民は,福祉の提供者たる国が課す法律という利用規約に従って,税を代償として支払うことで福祉という対価を得ている.福祉とは,例えば治安維持 (つまり警察) とかだね.
利用者 | 代償 | 対価 | 提供者 | 利用規約 |
---|---|---|---|---|
あなた | 税 | 福祉 | 国 | 法律 |
この考えは何も突飛なものじゃなくて,元都知事 猪瀬直樹も同様の考えに言及してる.曰く「国家というのは会員制クラブ」.お金を払うと福祉が貰える「国家」を「会員制クラブ」に喩えたわけだ.この比喩は「サービスとしての国家 (Nation State as a Service)」という見方を鮮烈に提示してる.
もちろんその比喩が適さない部分もある (例えば,納税額に応じた福祉を得るわけじゃない.むしろ逆で,少額納税者こそ福祉を必要としてる) けど,大きな枠組みとしては類似性があるよね,という話だ.
所属せず,利用せよ
社員が会社を「利用している」とか,国民が国家を「利用している」という考えが何となく馴染まないのは,この関係性における主体性を無意識に放棄しているからかもしれない.暗黙のうちに会社や国を対等ではない上位存在と思い込んで隷属し,自分を周辺的存在だと思っているから,「利用」という表現に違和感を覚えるのかも.
Docomo の例で「利用」の概念が馴染むのは,この関係性における主体性を放棄していないからだろう.自分が選ぶ側で,Docomo は選ばれる側だという認識がある.Docomo が自分の上位存在とは考えず,自分こそが中心的存在だと考えているから,対等 (あるいは,やや利用者中心的) な含意のある「利用」に違和感がない.
利用者 | 代償 | 対価 | 提供者 | 利用規約 |
---|---|---|---|---|
あなた | 料金 | 通信 | 通信キャリア | 利用規約 |
あなた | 労働 | 給料 | 会社 | 雇用契約 |
あなた | 税 | 福祉 | 国 | 法律 |
自分の「所属」を「利用」と言い換えてみよう.考え方を少し変えるだけで,無意識に放棄していた主体性が回復し,その文脈における自分が周辺的存在から中心的存在に昇格する.