受験の弊害

受験って怖い。僕らからいろんなものを奪っていく。
さっきオ〇ニーを、あっ、オナニーをしようとして、愕然とした。オナニーの仕方を忘れていた。
どうやっても思い出せない。どう掴み、どう動かせばいいのかが分からないで、様々なところに手を置き、指を添えてみるが全く上手くいかない。
自らのチンチンと格闘するこの滑稽な姿は、まるで、今から100年前に漱石や歐外が描いた開国により突如もたらされた“自己”の置場所を探し迷う知識人のようだ。
自己を認めれば、伝統は消え――
伝統を尊べば、自己は埋没する――
僕はこのまま、オ〇ナニーをすることなく死んで逝くことになるのか。
いやだ、いやだ、いやだ
かつてブラジルの黒人奴隷は自らの失われた自由を主張するために、リオのカーニバルを生み出し、アメリカ南部の黒人たちもヒップホップやブルースという手段で自らの存在の自由を歌った。
曲がかかっている間は主役は彼らなのだ。彼らの反対側にいる白い顔の奴等はろくにステップを踏むことも、リズムを刻むこともできないのだ。
So is オナニー.
オナニーについて言えることが一つあるとすれば、それは『オナニーを考え出した奴は、童貞だ。それも飽くなき向上心を持った』
誰だって女の子とやるS〇X、あっ、SEXをゴールだと思うだろう。しかし、その童貞野郎はそこに辿り着く術を持たなかった。そこでその童貞野郎は粉骨砕身して、遂に究極の段階(ステージ)に達した。
人間の成長は満足を知った瞬間に止まる。かのIBM初代社長のトーマス・ワトソンも言う、
『個人であれ、企業であれ、成功したと思えば、進歩は止まる』
まさに、人間万事塞翁が馬だな(o^-’)b

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