神の追放!

学部4年,単位不足

去年度の後期もゼミやってたんだけどさ。全然先生と議論とかしないでも単位もらえるやつだったのよ。今年度の前期(つまり今学期)もゼミやることにしたのね、全然単位数足りないからさ。ゼミとは別に授業もたくさん受けてるから、先輩に俺の時間割見せたら『これが4年の時間割かよwww』って言われた。専攻でやるゼミが週2で2時間ずつ、その他の使える時間はかなり授業に当ててる。それでもさらに貪欲にゼミもやってるからね、フル単したら24単位来るのかな、うひょー!!
4年生は10単位も申請しないのが普通、あって6単位とか。俺は普通よりも20単位弱遅れを取ってんだねー。まあ間に合えばいいさ。卒業&進学(就活なんかしてないから院に進学するしかない…)できれば、なんでもいいし!そのために授業もゼミもたくさん取ってるわけだし。頑張ろっと。

今期のゼミ,レジュメが大事

前の学期でやってたゼミは全然先生と議論しないでも単位来ちゃったけど、今日やったゼミは先生とたくさん議論する。恵まれてると言えばそうだし、あまり簡単じゃなくてめんどくさい単位と言ってもそうだね。池内了という人(有名らしい)の著書『物理学と神』という本を読んで、内容についてレジュメにまとめて先生にプレゼン、その後先生と内容について議論する、というやり方。
まずレジュメにまとめるのは俺の感想でもなければ考察でもなくて、池内了が『何を』『どのようにして』言っているのか、その理論の構造を書く。つまり本に書いてある内容の理解は不要で、理論の構造が分かればいい、それをまとめる。これが難しい。今日は初回で、初めて本読んでレジュメ書いたけど、全然なってないって指摘された。自分が読んで理解したことを再構成するのもダメなんだって。
理論の構造を明らかにするのがレジュメの役割。内容は二の次で、形式についてまず考える。難しいねえ。失敗したけど、まあ褒められもした。じゃなきゃゼミ嫌になってばっくれちゃうぜ。

レジュメの中身も大事

次に,内容について議論した。本の内容は簡単に言うと、自然科学の発展に伴うキリスト教での神学の変遷ってとこかな。天動説から地動説に移行するに当たっての神観、ラプラスの悪魔(決定論的な世界観)によって未来が決まっているとなったときの神観、決定論的でありながら決して未来を予測できないカオスの発見による神観。
神観、ってかなりいい加減な言葉使ってるけど(かみかん、と読んでね)、本では難しい科学史の用語で書いてあるよ。だからこそ読むのも大変なんだけどね。今日は16~17世紀に興った近代自然科学によって引き起こされた神観の変遷を辿りました。神は地球を追放されて宇宙の彼方へ追いやられたんだよ、知ってる?難しかった。でもめちゃめちゃ面白かった!
歴史の勉強って、大きな筋を追うより、マニアックな一部の流れを知るほうが面白いよね!『神に対する考えの移り変わり』と言うと結構平易な表現になるかな。それは社会情勢(戦争、飢餓、景気…)によっても移ろうけど、科学の進歩によっても移ろうのだよ。その『科学の進歩によって、キリスト教での神に対する考え方がどのように移り変わったか』について書いてある本を読んでるんだよね。お、だんだん易しい言い方になってきたぞ。かなり面白い。

去年の有意義,今年の有意義

前の学期はただ単に取りやすいだけのゼミをやって、何も得ないで終わった。今回は単位取るのは面倒だけど、それに見合ったものを得られる有意義なゼミになるかもね!まぁ前の学期は単位が足りるか足りないかギリギリの瀬戸際だったから、『簡単に単位を取れる』は『自分の知的好奇心を刺激する』よりも大事だったから、もちろんその時は、それはそれで有意義だったんだけどね。
自分の置かれた状況によって、必要な意義は変わる。だからこないだの楽なゼミも意義深かったんだよ、進級に貢献したんだから。でも今学期のは面白い!燃えてきたぜ!

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