風景学レポート「希薄化した旧景の靄を抜け、新しい日本的景観の再定義へ」

これは,2012年,大学3年生の僕が授業の課題レポートに書いた文章.元の文章には見出しが振られておらず論旨の見通しが悪かったので,今回転載に当たって見出しを追加した.この見出し追記作業がとても難航!何が言いたいのか全然読み取れない!😂

辛うじて全編を通じて言及されている要素を見出して,それを明示するような見出しを割り当てたつもりです… でも読みづらいかもね.読み取れた論旨を要約してみると「旧来的な日本的景観の保守ではなく,新しい日本的景観の再定義こそが真の課題だ」という話… だと思う.論旨を見失わないよう,本文の前に目次を載せます.

  1. 「日本的景観」を定義する困難
  2. 江戸時代らしさを「日本的景観」としてみる
  3. 合理的な区画整理が取りこぼした「日本的景観」
  4. 「日本的景観」の再定義を迫る逆転の発想

「日本的景観」を定義する困難

自分の環境の風景を考えるとき、どうしても考えにくいことがある。それは『日本らしい町並みとは何か』という問題だ。

西洋風の町並みというものは、言われてすぐに頭に思い浮べることができる。地面は石畳がタイルのように敷き詰められ、煉瓦作りの壁に囲われた家。屋内も床には石を敷き、靴を脱いであがるのが常だ。また教会などの公共の建設物には、キリスト教的な彫刻があしらわれ、その屋根も装飾的な柱や塔でとんがっている。色合いは煉瓦のオレンジ色や薄黄色、石の灰色や黒などがすうっと想起される。西洋風の町並みとは、私個人の憧れも相まってか、美しくスタイリッシュなものとしてイメージが沸く。

これらの鮮やかなイメージとは対照的に、モノトーンの力強さにも似た雰囲気を持つ景色というものも、私はすぐに思い浮べることができる。それは現代的な建築のことだ。現代的な建築は壁面にガラスを多用していたり、タイルも高品質なセラミック製だったり、艶や透明感を駆使した印象を受ける。それは次世代のアートのようで、清潔感を生み出していて過ごすのに快適だ。バリアフリーへの考慮によって、柔和な曲線のイメージも与えているかもしれない。現代的な建築も、私の中で確たる印象を与えている町並みとなっている。そしてそれは近年の都市の再開発によって、二子玉川地区や、大宮などにもたらされていると考えている。

江戸時代らしさを「日本的景観」としてみる

しかし私は身近な環境を思うときに、ふと困ってしまうのだ。『日本らしい町並みとは何か』という問い掛けに、私自身が確たる回答、『日本らしい町並みとはこのような印象の町並みだ』と言い切ることができない。そこに私は強い問題意識を持っている。その問題を解決しないことには、風景の改善を望めないからだ。そこで例えば、江戸時代の町並みが日本らしい町並みなのである、と決めてみたとしよう。その仮定や結論は妥当なものになりうるのか。

仮定は妥当たりうると私は考える。その理由、根拠は、私が確信を持つ西洋風の町並みとは何か、という問い掛けへの答えが支えている。私の持つ西洋風の町並みとは、ヨーロッパの中世時代の町並みの印象に他ならない。そこには高層ビルはないし、伝統的な石造りの町並みという景色が広がっている。そしてその景色は、現在にも多く引き継がれているのだ。私は2009年9月にフランス、パリを訪問、観光したが、私の持つ西洋風の町並みは依然として健在であった。鉄筋コンクリートの無骨な、デザイン性や嗜好性のないつまらない建物は少なく、地上何十メートルの高層ビルもなかった。パリの街は中世の面影を色濃く残し、私の持つ、西洋風の町並みというイメージにぴったりと合致した。

つまり、歴史的な景観を、この国の独自の景観と考える仮定は妥当だと考えられる。それならば、日本らしい町並みとは、長屋が連なり、木造の橋のそばに柳が揺れ、笠に草履を履いた飛脚が駆ける町並みとのことだろうか。少なくとも、多くの現実の日本の町並みは、それとは違うだろう。先に述べたような無骨な鉄筋コンクリートのつまらないアパートや、広い空を雁字絡めに塞ぎ込む電線に頭を押さえ付けられる町並みが、今の私の環境の風景だ。歴史的な瓦吹きの屋根の家などはあまりない。

合理的な区画整理が取りこぼした「日本的景観」

それは私の家の周辺が、戦後復興の際に計画的に区画整理された地域であることも無関係ではないだろう。そのおかげで(そのせいで)住宅地ながら道は直線的でまた十分な幅員を持つため自動車に優しいし、号、番地の振り分けも非常に規則的だ。区画整理は住みやすい区画の形を生み出してくれたし、必要なかったわけではない。しかしその開発の際に、景観をもっと考慮するとよかったのかもしれない。開発によって手に入れた住み分け易さの代償に、江戸時代からの伝統的な風景は失われてしまったと言えるだろう。そして清潔感も統一感も歴史も情緒もないつまらない風景を生み出してしまったのかもしれない。

私の住む地域では、少なくともそうだ。東京の、人口の多い住宅地であるから区画整理は行われたが、日本全国の規模で見たら、区画整理された地域というのは少ないのかもしれない。その推理の根拠を私の経験に求めれば、地方では昔ながらの風景が残り、都内でも神奈川寄りの地域では盛んに再開発が行われ、計画的な(風景も考慮の対象とした)街づくりがなされていることがあげられる。特に大岡山の近辺、田園都市線沿いや、東横線沿いなんかは再開発によって統一感のある素敵な町並みを獲得していると言えるのではないだろうか。他にも最近の開発で、大宮駅周辺も大きく風景が改められて、空間を存分に使った町並みが展開されている。他方、高速道路に乗って左右に見える景色はやはり昔の情緒を残し、統一感や伝統を感じさせる風景を持っている。

つまり、先の仮定の妥当性が立証された上で考える、その仮定の結論の妥当性はないようだ。実際の私の家の周辺環境の風景は、伝統的な江戸時代(≒西洋の中世)の風景になっていないからである。

「日本的景観」の再定義を迫る逆転の発想

これから考えられる、私の家の周辺環境の風景改善のための指針は二つあると考えられるだろう。一つはまったく新しい風景を構成する方法だ。二子玉川や大岡山、大宮の例のように、再開発によって統一的な景観を生み出すことだ。それによって見た目にも美しく、真に住みやすい町を実現し得るだろう。またこの手法のメリットは、あらゆる風景をこれから作り得るところにある。江戸時代のような町並みも、西洋風の町並みも、SF小説のような町並みも、コンセンサスと予算の許す範囲で、どんな可能性も排除せずに考えることができるからだ。

二つ目の方法は、この中途半端な風景を、伝統となるまで保持するやり方だ。この手法のデメリットは時間的なスパンがかなり必要である点だが、遂に達成したときには新しい伝統を作り出し、最も私の家の周辺環境らしい雰囲気というものを体現できる。今は未だ単なるつまらなあ町並みであるが、それに歴史を乗せることで価値のある町並みと呼ぶことができるようになるだろう。しかもお金や話し合いなどを必要としないから、最も簡単なやり方とも言える。が、『現状』の改善にはならない。

どちらの方法も甲乙付けがたく、言ってみれば後者の手段『何もしない』を採用している私の町であるが、再開発に成功している他の町の存在がある以上は、前者の方法も十分に検討して、町並み、風景というものを構成していきたい。というのも、この仕事は規模がかなり大きいから、行政の担当になるような話であるだろう。

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