2010年2月6日 劇場 [春] ライオンキングでハプニング!
これは,2010年2月8日,大学3年生の僕が授業「パフォーマンス論」の課題レポートに書いた文章.ブログに転載するに当たりこの文章の価値を検討したけど,この文章には「記録」としての価値ならばあるかもしれない.幸い日時や場所などについては詳細に記録しているようだし. 劇団四季や所属の役者さんたちの過去の活動を知りたい人にとって,この記事がいい資料になることを期待します…!
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 日付 | 2010/02/06 |
| 会場 | 四季劇場 [春] |
| 演目 | ディズニー ライオンキング |
| 座席 | 3階 A列 7番 |
| 料金 | 2,500円 |
| 開場 | 12:30 |
| 開演 | 13:00 |
「記録としての価値ならば」と書いたのは,独自の考察が皆無だから.授業の課題レポートとして提出したのが信じられない…😭 他にも大学時代に僕が書いた文章を載せてるけど,他の文章はまだ「結論」がある.でもこの文章には結論すら無い.単なる感想文.
1.始めに
私はこの課題に取り組むに当たって、劇団四季のミュージカル作品「ディズニー ライオンキング」を観劇した。このミュージカルを見ることに決めた理由は、かねてから演劇には興味があり、特にミュージカルに対しては大きな思い入れがあったからだ。映画では、サウンド・オブ・ミュージックやマンマ・ミーア、スウィーニー・トッドなどを鑑賞した経験があり、どれも素晴らしい音楽や歌で彩られた感動的な物語を上手に展開していたのが記憶に鮮明であった。そのような経験からミュージカルに興味を抱き、観劇というパフォーマンスの現場へ足を運ぶことを選択した。
2.劇場の客観的な情報
今回私が赴いた劇団四季の劇場はJR浜松町の駅の北口を出て、右へ進んだところで交差する大通りを左折したところに位置する大きな建物である。四季劇場「春」と「秋」が並立し、各館では一つの演目を上演している。私が「ディズニー ライオンキング」を鑑賞した「四季劇場 春」と隣接する「四季劇場 秋」では「クレイジー・フォー・ユー」というミュージカルが上演されていた。
観劇しに行ったのは平成22年2月6日(土)だ。開場の時間は12時半となっていて、開演時間はその30分後の1時だった。私の座席は3階のA列7番という席で、バルコニー席と呼ばれる場所だ。バルコニー席のチケットは学生割引料金で購入することが可能で、値段は2500円であった。3階から眺めると1階席の様子が手に取るようによく分かり、見える範囲では全ての座席に観客が座っていた。しかし1階席の後ろ側、ステージからやや離れると、3階席からでは2階席の前方の部分と重なってしまい見ることができなかった。そして2階席の座席状況は3階席からでは全く見えなかった。上演時間はおおむね3時間で、これは途中休憩の時間を含む。休憩時間は15分とアナウンスされ、また時間終了5分前となるとその旨のアナウンスが行われるため、非常にオーディエンスに対する配慮が行き届いているように感じた。
3.劇の概要
王国の王ライオン、ムファサに子ライオン、シンバが生まれる。全ての野生生物が平和に暮らし、ムファサ朝時代は安泰であると思われた。しかし王位を継承できなかったムファサの弟、スカーだけは面白く感じておらず、ムファサの暗殺を企てる。スカーは隣国の悪党ハイエナ3匹を配下に置き、ムファサを殺し、シンバにその罪を着せることに成功する。このときシンバは自身にも責任を感じ、王国を追われたシンバはサバンナを放浪する運命となる。そして最後の王家の者であるスカーが新たな王となる。
シンバは放浪のたびでミーアキャットのティモンと、イボイノシシのプンバァと出会い仲良くなる。シンバは彼らから「ハクナ・マタータ(気にするな。心配要らない。)」という言葉をもらい、父であり王であるムファサの死に対する虚構の責任を一時的に忘れることができた。そして大きく背長したシンバはひょんなことから王国時代の幼馴染みのメスライオン、ナラに出会う。ナラは王国へ戻るようシンバに言う。父を殺したことにあらぬ責任を感じているシンバは深く悩むが、モットーとした「ハクナ・マタータ」という言葉に従い王国へ帰る決心をする。
王国は怠け者のスカーの統治により荒れ果て、悲惨な状態が何年も継続していた。食べ物はなくなり、王国の命運は尽きたかと思われたとき、シンバが王国へ帰ってきた。シンバはスカーを追及し、遂に前王ムファサ殺害の罪の所在がスカーにあることを国民の前で証明することに成功する。スカーを永久国外追放したシンバは新たな王となり、后となったナラとの間に小さな命を授かった。
4.印象深かった事柄
もっとも印象深いことは王国の王でありシンバの父であるムファサのたくましさだ。王国の全ての生き物からの信頼が厚く、王国のことを誰よりも考えている。ムファサの死因はヌーの大群に踏み潰されたことだが、それは危機に瀕したシンバを救出したために起きた悲劇であった。シンバを助ける姿はこのほかにも示されており、ムファサの立派な人物像にたいへん感激した。
演劇という媒体で語られることによる特徴、感じたことなどについて書く。3階席からの観劇であったため、1階席からの鑑賞と比べて舞台袖や舞台裏がよく見える位置だったと思う。舞台の床から人物やセットが登場する「せり」という仕掛けも動き出しや動く様子、開いた穴が閉じるところまではっきりと見ることができた。非常に複雑に入り組んで動くセットや役者を制御しているこのシステムには、多大なる労力と練習が積み重ねられたことの証が染み出ており、それにも深く感心した。
またプンバァの初登場の場面ではあるハプニングが生じていた。プンバァの役者の衣装は仮装のような、大きなイボイノシシの着ぐるみとなっている。その衣装の、イノシシの鼻に当たる部分が顔面部分と二点で繋がれ可動式になっていた。しかしその二点の結合部分のうち片方が切断していて、今にも千切れてしまいそうな、不安定な揺れ方をする状態になっていたのだ。幸い鼻のパーツが舞台で取れることはなく、すぐに休憩を挟んだために衣装の修理が行われ、その後も上演は円滑に進行した。そのような想定外の事態が生じても、衣装だけに気を取られることなく演じることのできる役者に強いプロ意識を感じ取ることができたし、見習うべき大事な心がけのように思えた。
照明や音響も素晴らしかった。証明に関して言えば、ムファサの死の場面では強烈で衝撃的な事件であることを印象付けるため照明は激しく点滅し、見る者の心に事件を焼き付けた。また場面の変わり目の暗転も単純に真っ暗になるだけでなく、部分的に行われる事もあった。つまり単なる暗転で物語の進行を一時的に停止させるのではなく、一人にピンスポットライトを当て他の照明は落とし、中央の人物により物語は進行しつつ場面転換を行っていた。音響に関しては息を呑む迫力であった。オーケストラピットと呼ばれる空間が舞台の下に用意され、そこにオーケストラを始めとする多種多様な楽器が設置されていた。ライオンキングはアフリカを舞台とした物語であるために、アフリカの民族楽器が多く用いられていたことは非常に面白いことである。
余談となるが、ミーアキャットのティモンは非常に強い江戸弁、いわゆるべらんめえ口調で話し、強烈な個性を打ち立てていた。ティモンは上演される地域によって話し方が異なり、東京公演では江戸弁で話すし、名古屋では名古屋弁、青森では津軽弁といったように違いが存在しているそうだ。こうして親しみやすさを獲得していることは言うまでもなく、このような些細な工夫にも痛く感心させられる。
5.まとめ
私は自分で劇場に足を運び観劇する経験は今までなかったために、このレポートを作成するに当たって人生初の体験を得た。想像していたよりずっと面白く、演劇に取り付かれる人の気持ちにも大いに共感でき、また見に行きたいと本心からそう思う。
演劇というパフォーマンスは個人の好みに差が大きく出るジャンルであると感じる。しかもミュージカルでは、会話の途中で突然歌を歌いだしたりダンスを始めたりと、演劇にリアリティを追求する人が見れば信じられないような演出が多々登場することと思う。それでも私個人の意見としては、ミュージカルはとても陽気で愉快で、笑いもあれば涙もある、とても表情豊かなパフォーマンスであるように感じる。そのような理由からミュージカルという媒体は現場で鑑賞する価値があると考えるし、また非常に貴重な経験をすることができ、とても有意義に思う。
6.主要キャストの紹介
| 役名 | 紹介 | 役者 |
|---|---|---|
| ラフィキ | 物語のナレーション的役割を果たす老猿 | 金原美喜 |
| ムファサ | シンバの父で前王 | 内田圭 |
| ザズ | 王の執事を行う鳥 | 明戸信吾 |
| スカー | ムファサの弟で悪役 | 金森勝 |
| ヤングシンバ | 子どもの頃のシンバ、子役 | 小林翼 |
| ヤングナラ | シンバの幼馴染の子供時代、子役 | 木村紅葉 |
| シェンジ | ハイエナ、悪役 | 玉石まどか |
| バンザイ | ハイエナ、悪役 | 白瀬英典 |
| エド | ハイエナ、悪役 | 小原哲夫 |
| ティモン | ミーアキャット | 中島徹 |
| プンバァ | イボイノシシ | 川辺将大 |
| シンバ | 主役、次期王 | 田中彰孝 |
| ナラ | シンバの幼馴染、次期王妃 | 岡本瑞恵 |
| サラビ | ムファサの妻、前王妃 | 渡辺万希子 |
(記事のアイキャッチは公式のギャラリーより引用)

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