天才からは学べない、凡才の思考回路更改
👅 天才の言葉を聞こう
限りないものは二つある。一つは宇宙、もう一つは人間の愚かさだ。ただ私は、宇宙については確信を持っていない。
(原文) Two things are infinite, the universe and human stupidity, and I am not yet completely sure about the universe.
Albert Einstein – Wikiquote
かのアインシュタインのお言葉。全てを見透かし、知ったような口振りだね。まあ偉い人だから特に構わないんだけど。
⚠️ [2025-09-07 追記] この言葉を最初に言ったのはアインシュタインではないと Wikiquote には書かれてる。ゲシュタルト療法士 Frederick S. Perls の 1969 年の著『Gestalt Theory Verbatim』に、この言葉は登場するそうだ。ところで、ゲシュタルト療法って何…?
私は天才ではない。人より少し好奇心旺盛なだけだ。
(原文) It’s not that I’m so smart, it’s just that I stay with problems longer.
Talk:Albert Einstein – Wikiquote
これもアインシュタイン。身近な話で、具体的で、分かりやすいし親しみも湧いてくる。
⚠️ [2025-09-07 追記] この言葉もアインシュタインの言葉ではなさそう。1996 年の書籍『Bite-Size Einstein』に、この言葉が掲載されているそうだけど、アインシュタイン自身の言葉としての出典は確認されていないとか。
モデルを示せない概念は無意義だ。
(原文) a satisfactory theory should, as a good image of the objective world, contain a counterpart for things found in the objective world
EINSTEIN ATTACKS QUANTUM THEORY; Scientist and Two Colleagues Find It Is Not ‘Complete’ Even Though ‘Correct.’ – The New York Times
そう言えばどこかの物理学者が言ってた。日本語はかなり意訳しちゃったけど。抽象的だね。
💡 [2025-09-07 追記] 上記に出典を示した通り、これこそはアインシュタインの言葉。1935 年の紙面を電子化して公開してるNYT 紙、すごすぎないか🤯
抽象を聞いて具体が分かるのは天才だ
天才でもない限り、抽象論からじゃ理論を理解できません。具体例を十二分に提示して、それから抽象的な段階へと登ってほしい。「登る」って言葉は、抽象論が具体例より上位の存在 (大きな存在) という認識から来る言葉遣いだね。抽象は具体例を包括しているイメージ。
┏━━━━━━━━┓
┃ 抽 象 ┃
┗━━━━━━━━┛
演│ ↑帰
繹↓ │納
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┃ 具 体 ┃
┗━━━━━━━━┛
学問、特に理科系は、帰納的思考から入らないと分からない。「ここはこうだ。あそこはああだ。そしてそこはそうだ。じゃあ全体はこんなだろう」みたいな。天才じゃない限り、みんなそのはず。例えばかけ算習いたての子に「1 から順番に奇数を n 番目まで全部足し算したら、n の 2 乗になるんだよ。じゃあ 1 番目から 10 番目までの奇数を全部足したらいくつ?」って言ったってねぇ。
大学の勉強は、とにかく抽象 💭
大学のテストがぜんぶ終わって「なんて俺は勉強できないんだろう」という無力感を感じてる。達成感とか解放感とかまるで感じない。問題が解けるとか解けないとかの前に、問題の意味が分からない。なまじ高校の数学や物理ならだいたい理解しちゃったばっかりに、打ちのめされてる。
大学の講義は何もかも抽象論から話しすぎて、天才ではない僕は結局何の話か最後まで分からないまま。そこで「その抽象論を演繹して、具体例について考えなさい」って言われても分かんない。せめて「抽象論を演繹して具体例について考える」という作業そのものの具体例くらい示してほしい。そして出来るならたくさん示してほしい。
俺がして欲しい教え方は、小手先だけの受験指導みたいに型に嵌めるやり方だった。「この問題には、こう当たれ!」みたいな。「ああでしょ。こうでしょ。だからそうでしょ。これで全部よ、分かった?はい、じゃあ問題解いて!」って言われても問題解けない。
教えるときは、まずは具体例、具体例、具体例。そこから「規則性が見えてきたかい?じつは全体を抽象的に述べるとこんな感じなんだ」って順序で進めてほしいなあ。以前は「全体を見れば部分も分かるだろ」みたいな、演繹的思考回路こそが明晰な頭脳の証みたいに考えていましたけど、違いますね。
