【書評】完全独習したら視界が開けた.最高のベイズ統計入門
この本は,僕の世界を広げた.
誰がお勧めしてたのか完全に忘れちゃったけど,小島寛之さんという人の『完全独習 ベイズ統計学入門』という本を読んだ.この本が「僕の世界観を広げた」?この本はベイズ統計学について説明する数学の入門書なのに?数学の入門書が僕の世界を広げたのには,著者のあとがきがとても印象的だったことと関係がある.著者は「主観確率を主軸に据えて人間行動を説明しようとする学問分野」を研究しているそうだ.
ちょっとだけ,分からない人のために補足説明しよう.ベイズ統計の強みの一つは「入ってくる情報に反応して推測をアップデートする」という学習機能.新たに情報を得ると,その情報を知る前の思い込みの強さ(ベイズ統計の言葉で言うと「事前確率」)が変更されて,その思い込みの強さが強くなったり弱くなったりする(変化の後を「事前確率」と呼ぶ).例を挙げよう.
こんな風に,自分の思い込みの強さって,情報を得て変化するよね.1つ目の例では「彼は忘れっぽいか?」に関する思い込み,2つ目の例では「彼女はその服を買う気か?」に関する思い込み,3つ目の例は「あの人が提案を受ける見込み」に関する思い込み.情報を得て確信を強めたり弱めたりすることは日常的だよね.これを数学的に丁寧に基礎づけし表現したものが「ベイズ統計学」なんです!面白いでしょ!
これを人間の意思決定に適用したら面白い,というのがこの著者のあとがきだった.というかおそらく帝京大学でやってる研究なんでしょうね.上述の例のように,日常的に人間は情報を得ては確信の度合いを強めたり弱めたりして,自分の意見を形成してる.ベイズ統計学は人間の直感にとてもよく沿った推論を,数学的に厳密に基礎づけた体系と言えるね.つまりベイズ統計で「人間行動を説明する」って,凄く分野の進化の方向として妥当だし,とても興味深い.ぜひ最新の研究で何が行われてるのか知りたいな.
ベイズ統計学というのは「主観確率」という(斬新な!)概念を取り扱う学問だそうです.著者の小島寛之さんという人は東大の経済学博士を卒業した人で,現在は帝京大学の教授だそうです.まぁ著者についてはどうでもいいか.とにかくこの本は初心者にお勧めです!図が多くて分かりやすい!
数学の諸概念はだいたい「客観的」だから,ベイズ統計で扱う「主観確率」という概念は,18世紀の登場当初は多くの人に理解されず拒否されたらしい.というかそもそも,ベイズ統計学の父であるトーマス・ベイズという人は,もちろんベイズ統計学の始祖とも言える存在ではあるのだけど,むしろこの学問はベイズから脈々と受け継がれてきたわけでもないそうだ.ベイズが見事な仕事を残したけれども,あまり継承されず歴史に埋もれてしまったんだって.
その中でも細々と継承されていたベイズ統計学だけど,20世紀に「頻度主義」という(ある種,「主観確率」と表裏の関係にある「客観確率」を利用する統計学)立場からベイズ統計学は強く否定されてしまったらしい.しかしベイズ統計学の有用性に気付いている数学者たちの地道な努力の結果,20世紀に一度否定された概念体系であるベイズ統計学を丁寧に基礎づけし解釈し,今となってはとても信頼された学問の一つに数えられるまでになったそうです.
ひとつだけこれから買う人に言うとすれば,「入門書です」ということ.入門書ですから全体的に凄く易しくて読みやすい.けど入門書だから数学的に大雑把だし,何より結構後半とかは説明不足.「積分なんて知らなくていいですよ!」と言いつつ,最終的にやろうと思ったらやっぱり絶対に要る.そのへんのバランスは大事かな.僕は積分を知ってるので困らないけど,知らない人は「全部は分からないかも」と思ったほうが,勘違いは起きないかも.
この本を読んで,自分の中で一番変わったことは何かといえば,(冒頭にも書いたように)「自分の意思決定がベイズ推定に基づいてる感じを実感するようになったこと」.こうして何気ない日常を別の視点から捉え直すことができるのは,学問によって啓蒙された者だけが味わえる特別な体験.日々の思考に数理的裏付けを実感できるようになった点で,この本はとても僕の世界を広げた.いい本に出会えました!