【今度こそわかる P≠NP予想】シンギュラリティは来ない?

シンギュラリティは来ないんじゃないの?

P≠NP予想が示唆する ”知性の本質”

僕がこの本を読んで抱いた感想は「カーツワイルの言うような ”シンギュラリティ” は,決して来ないのではないか?」というものだった.

P≠NP予想が否定的に (つまり「P=NP」ではなく「P≠NP」として) 解決されると予想する数学者は多いらしい1.もしそうなら (つまりP≠NPなら),「カーツワイルの言ったシンギュラリティは起こらないのでは?」と思ったのです.

シンギュラリティの概念を提唱したカーツワイルは,2017年末にEテレでこのような発言をしたそうだ.2

2017年12月29日にEテレに出演した際、「自らを改良し続ける人工知能が生まれること。それが(端的に言って)シンギュラリティーだ」と発言した。

もし P=NP だったら?

この本の中にはこんなことが書かれてる.

……(もしもP=NPならば)「人間の知的活動(科学の発見を含め)をコンピュータが肩代わりできる」というのもあながち夢ではない.この夢を実感させる話がフォートナウの本(文献[11])に描かれている.

話は,ある代表的なNP問題Xを指数時間よりはるかに速く解くアルゴリズムの発見から始まる.そのアルゴリズムをもとに……「高速なアルゴリズムを見つける」という課題自体をNP問題として定式化し,それをXを解くアルゴリズムを用いて解けばよい,ということに気が付いたのだ.……アルゴリズムを高速化する,という人間の知的作業にもNP問題を解くアルゴリズムが使えるかもしれないのだ.

もしP=NPなら,この世のすべてのNP問題に対して,それを多項式時間で解いてしまうアルゴリズムが存在することになる.あらゆるNP問題を多項式時間で解かれてしまうというのだから,およそ想像しうる人類の知的な営みは須く機械に取って代わられる可能性があることを意味する.

例えば数学という学問は公理から始まる証明の積み重ねだけど,あらゆる証明問題はNP問題と言える.東京大学大学院 情報理工学系研究科の川村先生がP≠NP予想について書いた記事にはこうある.

そもそもあらゆる数学的探究が……NP問題である(数学における証明というものは,発見するのは難しいが,与えられれば原理的にはただちに確かめ得るものである)。

数学が機械に攻略されてしまう.何だかシンギュラリティ感,あるよね.

シンギュラリティは遠い (むしろ来ない)

冒頭で述べたように,多くの数学者はP≠NPだと予想している.一方で,P=NPならば,シンギュラリティが来るという懸念は妥当に思える.こう思うと,カーツワイルの言った「シンギュラリティは来ないのでは?」と思えてきた.これがこの本の最大の感想.

ちょっと考えが及んでないのは,P≠NPで,シンギュラリティが来ることもあり得るのかどうか.そのときはPとNPとの関係じゃなくて,クラスE・クラスEXPとNPとの関係が議論になるのかな…?ちょっと考えが及んでません…


ちなみにクラスEとクラスEXPは:

\(\begin{eqnarray*}\displaystyle \mathrm{E}&=&\bigcup_{c>0}\mathrm{TIME}[2^{c\ell}]\\\mathrm{EXP}&=&\bigcup_{k>0}\mathrm{TIME}[2^{\ell^k}] \end{eqnarray*}\)

…感想とは別の話

これも示唆的だったので残したい!

数学の長い歴史の中では「○○ができない!」という不可能性の証明が,その時代の数学の壁になる場合が時々ある.その壁を超えるために当たらな数学理論が産み出され,その理論から新たな数学分野が誕生する,そういう歴史がしばしば繰り返されてきたのだ.

……P≠NP予想に代表される「アルゴリズムの限界」の証明も,こうした不可能性の証明の1つと思われる.

例えば,定規とコンパスによる角の三等分の作図不可能性,5次方程式の解を代数的に求めることの不可能性などが,その代表例である.

 


1 例えばP≠NP予想の発見者の1人である Stephen A. Cook 氏は「P≠NPである」と予想している (だからこそ,この予想の名前は否定形で書かれているんだろう).
2 僕は「カーツワイルはこのようにシンギュラリティの概念を定義している」と思ってたけど,これは「定義」ではなくって「言い換え」みたいだね.ちゃんと本読んでないから知りませんでした…

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