2021年上半期の読書記録

最終更新日

2021年 上半期の6ヶ月間に,僕は4冊の本を読んだ.記事は時系列 (読んだ順) で書いたけど,面白かった順にまずは列挙しようかな.

  1. ローマ人の物語 IV + V
  2. イノベーションのジレンマ
  3. 禍いの科学
  4. アフター・ビットコイン

ローマ人の物語 IV + V

超分厚い紙の本を読みました

ローマの歴史のことなんか何も知らない僕が今年1発目に読んだ本.紀元前100年にローマの下級 (?) 貴族に生まれ前44年に56歳で没し,当時のローマ共和国をローマ帝国に仕立てた張本人,ユリウス・カエサルその人に関する伝記的なもの.この本『ローマ人の物語』シリーズ自体はローマの歴史を通して語る本で,ちょうど4巻と5巻がユリウス・カエサルが活躍する時代に関する部分なんです.

4巻『ルビコン以前

カエサルが生まれてから40歳くらいまでの話.彼は30歳くらいまでは特に何もせずローマで貴族の嗜みをこなしながら,それなりに政治してお洒落して借金して公共事業して恋愛して,特段の才能を見せずに暮らしてた.しかし30代から優れた将軍としてメキメキと頭角を現す.

現在のフランスやドイツやイギリス南部,スペイン北部をイタリアから征服しに行く戦争を起こし,それを『ガリア戦記』という書物にまとめて出版する.ガリア (概ねフランス辺り) での戦略と戦術,そして軍隊の管理手腕には目を見張るものがある.もちろんガリア人やゲルマニア人,ブリタニア人との戦争に毎回勝つわけではないんだけど,敗北が次の勝利の原因になっているから感心する.熱い興奮に満ちた物語だった.

強大な軍事力を誇示し,出版で民衆の心を掴んだカエサルを,首都ローマの政治家たちは次第に危険視するようになる.そして政治家たちは巧妙で知略に富んだ方法で,カエサルにローマへの凱旋禁止を突きつける.ローマは法治国家だから,あらゆる規則は明文化されている.複雑な規則を乱用して,カエサルを違法な状態に追い込んだのだ.カエサルは多くの富と領土と同盟国を共和国にもたらした英雄にも関わらず,凱旋を禁じられてしまった.

5巻『ルビコン以後

しかし実力と人気を兼ね備えたカエサルには勝機があった.命令を無視しローマへの凱旋を強行する.このときカエサルは「もう回帰不能点を越してしまったので、最後までやるしかない」という意味で,「賽は投げられた」という有名な言葉を放ったそうだ.超えることを禁じられた一線が,当時の共和国と隣国を南北に隔てるルビコン川だったので,本の副題は象徴的に,共和国に背く前 (4巻) を「ルビコン以前」,背いてから (5巻) を「ルビコン以後」と呼んでるんだね.

これが地中海世界

カエサルの予想外の行動に政治家たちは慌て,ギリシャに逃亡する.逃亡した元支配者たちとの和平あるいは殲滅を目的に,カエサルは地中海世界を一巡する.チュニジア,エジプト,メソポタミア,ギリシャ… 読めば嫌でも大まかな地理が頭に入るね.敵の大将ポンペイウスを討った後,ローマに戻って帝政の基盤固めに勤しんでいた折,ある朝カエサルは反乱分子に暗殺されてしまうのでした.「ブルータス,お前もか!

文武両道のカリスマが魅せる

僕は歴史についてかなり疎くて,『ガリア戦記』がローマの物かギリシャの物かも知らなかった (というかギリシャの物かと思ってた).しかしこれら2冊でだいぶローマには詳しくなれた気がする.ローマの理知的な貴族政治には知的好奇心を唆られるし,圧倒的な武力で各地を鎮圧するガリア戦線は血湧き肉躍る.折々で横槍を入れる噛ませ犬のキケロもいい味出してるが,とにかくどの展開にも目が離せない刺激的な内容で,ものすごい分量ながらもどっぷりと楽しめた.

この本は人から贈られたものだから知らなかったんだけど,『ローマ人の物語』シリーズは古い本 (= ロングセラー) で,発行年は4巻が1995年,5巻が1996年.歴史書っぽい性格の本だけど,専門家から複数の誤りを指摘されているようで,完全に信頼に足る学術的な本でもないらしい.部分的に不正確な点があるとこを差し引いても,僕はカエサルの人物としての魅力を存分に感じたし,ローマという文明の栄華や到達にも改めて強い興味を持てたからすごく満足してる.オススメです.

アフター・ビットコイン

タイトルはビットコインと言ってるが,実際にはより広くブロックチェーン全般に関する本.ブロックチェーン技術 (以下では,よりイメージの湧く「分散台帳」と書く) は本質的な通貨の革命になり得るものらしく,世界各国の中央銀行や民間の銀行が分散台帳を試験しているようだ.そうした取組を紹介した本.

僕がこの本を読んで得た感想は単純で,「世の中には僕の知らない金融取引が存在していて,そこではもしかすると分散台帳が役に立つのかもしれない」ということ.民間の取引はさて置き,確かに中央銀行同士の国際送金では分散台帳が役に立つのかもしれないと,本を読んで少しだけ思った.

アフター・ビットコイン

とは言え,僕の分散台帳に関する見解は消極的かつ悲観的で,主な理由はこのコラム (2018) を読んだから.分散台帳が実現しようとしているものは,無政府主義が蔓延る「万人の万人に対する闘争」だ.弱肉強食,勝者総取りの世界観を誰が望むだろう?分散台帳が前提にする「相手を信頼しない社会」は自然状態への回帰のようで,これは人類社会にとって進化ではなく退化だ.

本書は分散台帳の明るい未来を見通した本だけど,発行は2017年と少し古い.スウェーデンの中央銀行が発行する e-krona が民間取引に試験導入された件についても「今後の展開が楽しみだ」と楽観の様相だったが,発行当時は2021年にプロジェクトが延期されるとは思ってもなかっただろう.2007年に発売された iPhone はとっくに世界を塗り替えたが,2008年に発明されたビットコインは一部のオタクを熱狂させる以外にまだ社会を変えそうにない.

イノベーションのジレンマ

なぜ強力な大企業や確立された技術が,より弱い新興企業や新興技術に負けることがあるのか?偉大な企業が失敗する原因を,「愚かさ」にではなく「正しさ」に求め,その再現性を突き止めたビジネス書のベストセラー.著者はハーバード・ビジネス・スクールで教鞭を執る C. Christensen 氏で,こうした世界最高の知がたった2,000円ぱかしで手に入るというのは本当に素晴らしいことだと感激した.

イノベーションのジレンマ

本書はまずハードディスク業界の大転回に働いた力学を,大量のデータを多角的に分析することで解き明かす.そして大規模小売 (Costco みたいなやつ) や大型建機 (ワイヤー方式から油圧方式へ) や掘削機械やオートバイやインスリンなど,様々な市場で起こった転回を同じ理論で説明可能であることを確認する.さらにこの摂理に抗うための組織像を炙り出し,その具体的な検討として電気自動車業界をケーススタディする (2001年 出版なので,2003年に創業した Tesla はまだ存在していない).

僕は大企業での勤務経験がなく,これまでの経歴をすべてベンチャー企業で積んできた.こうしたビジネスの理論的研究は僕の日々の業務に直接的に参考になるし,僕の実感と強く合致する部分もあって,とにかく全てがとても興味深かった.購入のきっかけは,尊敬する (?) Rui さんが推薦していたから.

著者 クリステンセン氏の訃報に寄せたツイート

禍いの科学

義務教育で習う歴史は概ね戦争の歴史であって,科学の歴史に焦点を絞って学ぶことは少ない.本書はそんな科学史でも特に「悲惨な結果をもたらした大失敗の歴史」に注目した本.『禍いの科学』という書名からは,禍いの原因 / 現象 / 対策を科学的に論じた内容を想像するけど,実は違う.実際には『科学の禍い』を述べる本で,ある科学技術によって引き起こされた禍いについて語ってる.科学の本ではなくて,歴史の本.

禍いの科学 – 正義が愚行に変わるとき

古代からその薬効が重宝され,中世には英中のアヘン戦争の原因となり,現在も毎年2万人のアメリカ人を死に追い込む脅威の薬物の話.化学肥料で多くの人命を飢えから救った科学者が,大戦ではハーグ条約に違反して猛毒のガスを製造し延べ2万6000人以上を殺害した話.第1次大戦から優生学,ロボトミー手術,『沈黙の春』と続く章は概ね時系列にも沿っていて,物語としても読みやすい.

科学の乱用に抗うには,徹底的にデータ主義を貫くしか無いと著者は主張している.科学の乱用は歴史上の過誤ではなく,今もまさに人命を奪っている悲劇だ.例えば,コロナウィルスに対抗するワクチンに関して,目も当てられない愚かな風説を流布する輩がいるのは周知の事実だ.科学者は大衆の無知を克服しなければならない.これが2020年末に発売された比較的新しい本であることは重要な意味を持つ.

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。