一家に一冊『元素図鑑』で好奇心を開く – 書評 2023 Q3/4
軽妙で丁寧な解説が、世界への知的探究心をくすぐる
世界のあらゆるものは元素から構成されていて、その数は数えるほどしかない。そんな元素の世界を軽妙な語り口で解説する『世界で一番美しい元素図鑑』は、誰もが知る最も身近な元素から、名前も聞いたことがない元素まで、全 118 種の元素を美しい写真と合わせて紹介する。
元素に関する基本的な化学的性質のみならず、人類史における役割や位置づけなどの歴史的・社会的な側面からの解説も興味深い。不買運動の対象となったことのある 2 種類の元素、先史時代の文明に登場する金属、発見者に因んで命名された唯一の元素、などなど。図鑑としての読み応えは、決して期待を裏切らない。

読むまでは意識してなかったけど、元素ってほとんど金属なんだよね。元素図鑑で見る元素がことごとく金属で、このことを痛感した。数え方にも依るけれど「118 のうち 95 は金属」と言ってもいいかもしれない。※ここでは非金属を、水素と、下図の破線より上の元素とした。具体的には H、He、B、C、N、O、F、Ne、Si、P、S、Cl、Ar、As、Se、Br、Kr、Te、I、Xe、At、Rn、Og の 23 種。

『元素図鑑』以外の他のどんな図鑑も、対象を体系的かつ網羅的に収録するのはほぼ不可能だ。例えば動物図鑑を見ても、「ウシは 9 番」「カタツムリは 82 番」といったような、動物すべてを統一的に整理する採番システムは見つからない。そして「主要な」動物は掲載できても「すべての」動物を掲載するには、ページがいくらあっても足りないだろう。
ところが元素なら、体系的かつ網羅的な図鑑が実現可能だ。水素は 1 番、ヘリウムは 2 番と合理的な番号を使って見通しよく整理されてるし、しかも知られているこの世の全ての元素を収録したにもかかわらず、本書はわずか 240 ページに収まる。この「一貫した体系性」と「徹底した網羅性」を合わせ持つ元素図鑑には、人類の叡智と真理の普遍性にトキメキを感じずにいられない!

この他にも、ここには書き切れないほどたくさんの知的刺激に満ちてる。Bi (83) 以降はどれも放射性元素だとか、ランタノイドは化学的性質が似てるけど磁気的性質に差があることは知らなかったし、Pt (78) のページの kg の定義がちょっと古かったり。ぜひ手に取ってパラパラと気の向くままに眺めてみてほしい。
この『世界で一番美しい元素図鑑』が、2023 年に僕が読んだ本の中で最も印象に残ったもの。まぁ図鑑なので「読んだ」と言えるか微妙だけれども。他に読んだ 4 冊の本も紹介しよう。これらはオーディオブックで「聴いた」ので、これまた「読んだ」と言えるか微妙なんだけど笑。
チャイニーズ・タイプライター
ラテン文字の文字種は 26 のみで、タイプライターを考案するのは比較的に容易だ。では別の言語と文字体系ではどうだろうか?この問いに対して、特に中国語と漢字におけるタイプライターの歴史を「技術言語学」という新しい切り口でまとめたのが、この『チャイニーズ・タイプライター』だ。

中国語タイプライター開発の方針は 3 つに分類でき、それは「常用」「合成」「代用」だ。「常用」は、頻出の字だけを鍵盤に置く方式。「合成」は、漢字を構成する最小単位で鍵盤を構成し、複数回の打鍵で漢字を “綴る” 方式。「代用」は、モールス符号で -・-・ が C を表すように、別の符号体系と漢字の対応付けを試みる方式だ。
常用アプローチの技術言語学的目的は、言語全体の中で頻繁に使われる漢字だけを収めた印字技術を作ること〔…〕。
第二のやり方である合成は〔…〕漢字をモジュール形にまで分解して、それを組み合わせることにより漢字を組み立てる〔…〕。
三番目のやり方の前提となるのは〔…〕新興の電信技術において、漢字の代用として使われる象徴の体系である。このやり方では〔…〕参照、位置特定、データベース化、検索、復元のための効率的な技術を開発する〔…〕。
『チャイニーズ・タイプライター』
3 つのうちのどれでもない Pinyin 入力が、現在のほぼ主流なのは面白い。機械 (ハードウェア) 的に問題の解決を試みると「常用」や「合成」方式で工夫したくなるけれど、技術の発展に追従して発明される技術言語学的な新しい方式が問題を解決した形だ。Pinyin についても本書の後半で言及がある。
漢字文化圏に対する西洋からの眼差しに妙に否定的で、中国人 (と漢字使用者) 自らの発想を歓迎する風なのは不思議だった。別に僕 (= 漢字文化圏の人) が漢字鍵盤を発明しようとしても「合成」や類似の方法を検討したでしょうし、そんなにエスニシティに配慮した論調で技術言語学の歴史を語らなくてもいいのに。
起業家はどこで選択を誤るのか

起業にまつまる選択の問題を、徹底的な統計と分析により体系づけ、失敗しない方針をあぶり出すのが『起業家はどこで選択を誤るのか』。豊富な事例とデータが載る中で、僕が最も明晰に腹落ちしたのは第 4 部 第 11 章「富かコントロールか」。
創業から成功への道のりは長く険しい。ジレンマに次ぐジレンマがファウンダーに決断を迫り、そのすべてが短期的、長期的に重要な (ときに予期せぬ) 結果をもたらす。(…)
ここまではこうした結果について、決断を迫られるタイミングという観点から考察してきた。本性ではその全体を理解するために、「富とコントロール」のジレンマという別の観点から考察する。
『起業家はどこで選択を誤るのか』
本書で取り上げて議論する多くの選択の問題は、「富かコントロールか」で整理すると見通しが良くなる。起業は 1 人か複数か、早いがいいか遅いがいいか、肩書をどう決めるか、エクイティと給与は、投資家とどう付き合うか、…。ほとんどの問題を「富を得るための選択」と「影響力を得るための選択」に帰着すれば、選択の一貫性を担保できそうだ。
共同創業を夫婦に喩える話題は興味深かった。共同創業を夫婦に喩えるのは、もちろん夫婦が身近でよく理解された概念だからだ。とはいえ、もし夫婦運営の科学的分析が少なく、起業の科学的分析はよく為されてるんだとすれば、失敗しにくい夫婦の選択の問題に本書の知見を逆輸入できそうな気がした。つまり、実は夫婦よりも起業の方が、科学的によく理解された概念だったりして。
知ってるつもり 無知の科学

毎日使うジッパーの仕組みを、一体どれだけの人が十分に説明できるだろう?実は我々は、ほとんどのことを驚くほど理解していない。それなのに我々が日常生活に困ることは滅多に無いし、高度に複雑なこの社会は概ね安定して運営されている。この不思議にメスを入れたのが『知ってるつもり 無知の科学』。あるツイートを見て本書を買った。
人間は「自分が知っていること」と「他の誰かが知っていること」を区別しない傾向があるのだとか。そして個人レベルでは「無知の知」を、共同体レベルでは「知識コミュニティ」をよく理解することで、判断の質を高められる。
一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書
一般的な世界史の教科書が分かりにくい原因は、同一ページ内で地域や時代が目まぐるしく変わり一定しない点にある。そう分析した著者が解決策として書いた『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』は、年号を用いずに出来事を因果関係で数珠つなぎにするため、内容が読者の頭によく残る。

本書を読みながら考えたことは、歴史上の個別の出来事についてよりも、「なんで「歴史」は戦争ばかり扱うの?」という歴史学自体への根本的な疑問だった。これについて記事がもう 1 つ書けちゃうほどに、考えさせてくれる良い本だったのかもしれないね。
