2021年下半期読書

2021年 下半期の6ヶ月間に,僕は3冊の本を読んだ.どの順で読んだか覚えてないし,面白かった順に紹介しよう.
会計の世界史
これは本当に面白かった!

会計を知るとはつまり,企業活動の根源を知るということ!なぜなら企業は利益の追求のために活動していて,その「利益」を定義するものが「会計」だからね.僕を含め,会社員として雇用される全ての人にとってためになる本だ.
この本,ためになるのは当然として,同時にめちゃめちゃ面白い.「ためにはなる.でも面白くはない…」という本は数あれど,この本はこれらを両立していて素晴らしい.下に引用した本の紹介文を読んでみてよ.きっと興味湧くよ!
「会計ギライ」の方を悩ませる、数字および複雑な会計用語は一切出てきません。「世界史ギライ」の方をげんなりさせる、よく知らないカタカナの人や、細かい年号もほとんど出てきません。
登場するのは偉人・有名人ばかり。冒険、成功、対立、陰謀、愛情、喜びと悲しみ、芸術、発明、起業と買収…波乱万丈、たくさんの「知られざる物語」が展開します。物語を読み進めると、簿記、財務会計、管理会計、ファイナンスについて、その仕組みが驚くほどよくわかります。
会計の世界史 紹介文より
この本が整理する3つの要点が理解できれば,会計の心をだいぶ理解できる.こうした実用的な知識を物語仕立てに展開する語り口はとても軽妙で,僕にページを繰る手の止め方をすっかり忘れさせた.
- 中世の商業の中心地はイタリアのベネチアやミラノ.原始的な帳簿や,銀行業/金融業が発明された背景に,キリスト教の (非合理な) 制約が影響していた裏話は面白い.
- 会計を次の段階に進化させたのはイギリスの産業革命.蒸気機関による鉱業や鉄道業の興隆は商業を飛躍的に巨大化し,それに伴って資金の管理法が洗練されていった.株式会社の発明は,会計の「説明責任性」を強化した.
- 現代的な会計を完成したのは19/20世紀のアメリカ.工場制の大量生産が始まり,原料費や人件費の管理の重要性が高まったことがきっかけとなった.資産評価の基準は原価か時価か?といった主要な議論の概観も極めて興味深い.
ウイルスの意味論
今こそ,ウイルスに知的探求を.

ウイルスについて,生物学的に,歴史的に,社会的に,工学的に論じた名著.コロナの流行が始まってもう2年以上が経過する今,改めて「ウイルスって何だっけ?」と確認するのもいいと思う.2011年イスラエルのハイファ大学進化研究所のエドワード・トリフォノフが提唱した生命の定義「Self-reproduction with variations (変異を伴う自力増殖)」が印象深かった.
人間がいかにして病原的なウイルスに対峙してきたのかという物語は熱い.天然痘は中でも有名なウイルス性の感染症だ.古代では天然痘患者の膿を,近世では牛痘に感染した牛の膿を,健康な人に接種して感染を予防することで,次第に天然痘は克服されていったのでした.Vaccine がラテン語の Vacca (雄牛) に由来するのはこれが理由なんだね.
レトロウイルスも興味深い話題だった.レトロウイルスが持つ逆転写酵素の働きで人間の DNA にはウイルス由来の遺伝情報が埋め込まれているらしい (下記紹介文を参照).そしてこの特殊な機能性タンパク質が,最先端の遺伝工学の分野で応用されている事実も刺激的だ.
ウイルスは、数十億年にわたり生物と共に進化してきた「生命体」でありながら、細胞外ではまったく活動しない「物質」でもある。……
本来の宿主と共にあるとき、ウイルスは「守護者」にもなりうる。あるものは宿主を献身的に育て上げ、またあるものは宿主に新たな能力を与えている。私たちのDNAにもウイルスの遺伝情報が大量に組み込まれており、一部は生命活動を支えている。
ウイルスの意味論 紹介文より
余談だけど,トンデモ風な主張を Amazon のレビュー欄で発見した.確かにウイルスは人体を破壊する単なる敵ではなく,地球上の生物全体の「生態系」の一部として密接に相互作用しているのは事実だから,面白い考えだと思った.取るに足らないと見るのがマトモだとは思うけどね…🤔

はじめての動物倫理学
碌でもない本なので読まなくていいです.

本書が残念な理由の1つは,実践不可能なほどに「高潔な」倫理観を,実践的な行動指針にせよと主張していてる点.主要な7つの議題 (1 肉食 / 2 動物実験 / 3 動物園と水族館 / 4 野生動物の駆除 / 5 娯楽産業の動物 / 6 ペット / 7 動物性愛) のほとんど全てで,過激な動物保護論を展開している.それらは思考実験に留まるなら興味深いと評価できただけに,主張は勇み足と言わざるを得ない.
もう1つの残念な理由は,動物の権利を考慮すべき根拠が曖昧で問題も多いという点.「動物は “能動的な感覚的存在” だから,権利を考慮すべき対象だ」という本書の主張を聞けば,読者は次のような疑問を即座に思い付く.これらの疑問に確たる証拠を挙げて合理的に回答してほしいけど,本書は明確な回答を提示しない.
- 動物が “能動的な感覚的存在” である根拠は何か?
- 植物が “能動的な感覚的存在” でない根拠は何か?
- そもそも “能動的な感覚的存在” かどうかを検証するテストは何か?
- “能動的な感覚的存在” のテストに合格しない人間は権利主体でないのか?
動物との関係性に破壊的な変更を要請するが,その根拠や判断基準はひたすら主観的だった.だから「先人の洞察を曲解して,持論を独善的に自己弁護してるに過ぎないのでは?」との疑念が,読み進めるほどに確信に変わっていく.例えば本書は「犬猫はペットとして飼われて “本来の幸福” を得られるから,飼育は虐待でない」とおっしゃる😞 そしてこの著者は猫を飼ってる😞