東進の成果。

この文章は疲れるっていうかめんどくさい。さすがに死ねる
——————-一つの言葉で物事の全てを説明するのは、非常に困難、または不可能である。そこで人間は一つの事象に対して複数の視点、複数の言葉を以て表現する能力を身につけた。この能力をレトリックと呼ぶ。レトリックは人間にありがちな一元的な物の見方からの脱却を促し、人間同士の相互理解を可能にする。今の時代に留まらず、過去の世界においても重要視された高度なCommunicationツールであったと言えるだろう。
——————–現文の講座の教材に載っていた文章をまとめたもの。久しく更新してなかったが、その間に何かオモシロ話が浮かんだ訳も無く、生活に劇的な変化が起きた訳でもないので、なし崩し的に(←うわぁ知的)書きました。
まぁ、冒頭の文は言葉のレトリックについての文章な訳だけど、要は『一つのものに対して幾らでも表現の仕方はあるよ』っていうこと。例えばコイン。コインは上から見れば丸いけど、横から見れば四角いよね。これは本当に視点を変えているけど、わざわざ実際に目線を変えなくても十分にレトリックは使えるんだ。例えば、『やめろ!バイキンマン!!』という言葉。これは対象が言葉だから、実際の目線を変えるなんてことは出来ない。でも、捉え方を変えたり、背景や心情を想像・詮索したりして、多彩な考え方を持つことはできる。これも立派なレトリックさ。実際にレトリックを使ってこの言葉を捉えて見ることにすることに試みることにしよう(←そうねディラン)


『やめろ!バイキンマン!!』という言葉は普通ならバイキンマンの悪事をアンパンマンが止めるときのフレーズだと解釈するよね。でも、ちょっと考えてみよう。
バイキンマンとアンパンマンの間に実は昔からの強い絆があったとする。しかし、一方は悪の道へ。そしてもう一方は正義のヒーローに。二人が戦うことは柚木ティナがとても良いことより明らかだ。しかし、二人は旧知の仲。出来ればもう戦いたくはない。でも、戦うのが二人の宿命で、それに背くことは自分の存在の否定に繋がる。そんな葛藤の最中、アンパンマンが出した結論は一刻も早くバイキンマンをやっつけて、悩みごと無に帰す(←うぁ知的)ことだった。バイキンマンとは戦いたくない。そんな一人の青年の純粋な思いが、その青年自身の存在価値によりねじ曲げられ、歪んだ愛情を生み出したんだ。
こう見ると、アンパンマンという物語も子供向けの単なる“お話し”から太宰治の様な“人の闇のお話し”に突如として姿を変える。これもまたレトリック。
つまり何が言いたいかっていうと生活に全く潤いが無いからなんとかしてってこと。
あと、陽平は入塾したの?

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