差別?倫理?『顔の美醜について』が最高すぎる

短編集だけど,『顔の美醜について』だけでも買って読む価値がある!

買って読もうとした,そのきっかけ

僕がテッド・チャンの『あなたの人生の物語』を買って読もうと思ったのは,そもそも『顔の美醜について』に言及のある記事を読んだからだった.その記事ではこの短編がこのように紹介されてる.

「顔の美醜について」は、「ルッキズムのない……社会はどういうものなのだろう?」という一種の思考実験だ。……多くの優れたSF作品がそうであるように、「顔の美醜について」のキモはむしろその優れた問題提起にある。

まさにこの通り.この短編は,短編でありながら実に深い問題提起をこなっている.でも僕がこの短編に感動したのはその点だけじゃない.この作品は僕に「SF作品とはこのようにして書かれるのだ!」というノウハウを教えてくれたという点で,めちゃめちゃ僕に大きな影響を与えたと言っていい.

以下に,何が僕に刺さったのかを2点に分けて述べまくりたい.述べさせて!

何が僕に刺さったのか? (その1)

一つ.たった一つの設定だけで全く異なる世界を描ききっているところ.「カリーアグノシアが存在する」という,ただそれだけの設定を元に世界を構成している.カリーアグノシアとは架空の医療技術 (?) で,気の利いた訳者によって「美醜失認処置」と訳されてる.

美醜失認処置を受けた人間は、人びとの顔を完全に認識することができる。とがったあごと後退したあご、まっすぐな鼻と曲がった鼻、なめらかな肌と吹き出物のある肌の差異を見わけることができる。ただ、それらの差異について、なんの審美的反応も経験しないだけである。

要するに,「顔が綺麗なのかそうでないのか分からなくする技術」ということ.「綺麗なのかそうでないのか区別できない」以外のことへの影響は全く無いということになってる.そこはまあ小説だし,架空の技術にややこしい設定を持ち込んでも仕方ないもんね.分かりやすい設定だ.

これだけの設定をもとに,数多くの登場人物たちが持論を述べる.カリーは善だ,カリーは悪だ,自分の子供には適用したい,したくない,この大学では義務付けけます,などなど.

たった一つの,それでいて抜群の設定があれば,十分に面白いSFが書けるということを知った.デスノートをSFと呼ぶかどうかは分からないけど,デスノートも同じだね.「このノートに名前を書かれたものは死ぬ」というただそれだけの設定をもとに,世界を推し進めて書かれた物語だった.こうしたずば抜けたSFの書き方を僕に示した点で,大きなインパクトを与えたんでした.

登場人物の策略!陰謀!スリル!

基本的には,ペンブルトン大学に入学する新入生タメラを主人公として物語は描かれる.タメラはこれまで親の意向でカリーを掛けられて育った.大学入学と同時にカリーを外そうと思っていたところへ,入学直前に大学でカリー義務化運動が始まってしまう.そんな中で,タメラはカリーを掛けていた時に付き合ってた元カレに会ったり会わなかったり…

という話では,ない.もちろんそうした側面もあるんだけど,この短編はオムニバス的に語られる.主人公はタメラだけど,語り手はコロコロと変わる.

  • 冒頭でタメラの話が済めば,
  • 次は大学でカリー義務化運動 (文中では「徹底的平等を求める学生会議」) の議長が語り手になる.
  • その次は (読者にカリーとは何かを理解させるために) 神経学者が語り手になって,カリーについて詳しい設定を述べたりする.

このように,カリー (という架空技術) をめぐって様々な立場の人が意見と考えを述べながら物語が進む.この「様々な立場の人が意見を言う」というところが刺激的だった!こんな言い方したら「何言ってんの?普通じゃん」と言われてしまうが…

実はこの物語には策略が張り巡らされてるんだ.もちろんそれに対抗する戦略もある.意見の対立には常に「相手を説得できる材料」を集める必要が出てくる.それを巧みに操作して工作して,自分に有利な環境を作り出そうと画策する狡猾な登場人物がいるんです.

「美醜で対応を変えるのは差別だ」「いや,美醜は背の高低と同じ,単なる身体的特徴だ」「顔が整っているほど出世しやすいという相関が客観的事実として出てるんだぞ」「だったら歌の巧拙も是正するのか?歌手がいなくなってしまう.キリがない!」

水掛け論になってしまうこの議論に,終止符を打つ事を企てるその知略に脱帽しました.「なるほど,説得ってこう進めるのか!」と膝を打ちました.最高に痛快な展開が待っていた.

まとめ.凄く知的刺激に満ちた短編

こんなに褒めたけど,この本は短編集.これを含めて作品が8作収録されている.どれも面白いけど,爆発的に面白かったのは『顔の美醜について』だね.これだけでも読む価値がある,本当に.おすすめする.

でもその他にも短編が収録されてるんだし,それも読んだから簡単に感想を書こうか.

理解

これはシンギュラリティの話だ.

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レイ・カーツワイルが出した本『Singularity Is Near』で語られて一躍テクノロジー界隈で有名になったバズワード「シンギュラリティ」.Wikipediaでは高説明されてる.

技術的特異点またはシンギュラリティとは、人工知能の発明が急激な技術の成長を引き起こし、人間文明に計り知れない変化をもたらすという仮説である。

『理解』は,超知能を手に入れた人間が暴走して対決するようなSF短編.もちろんのこの本の初版は1998年で,『Singularity Is Near』の初版は2005年.『理解』でシンギュラリティについて語られているはずがない.でもこの短編を「ポストシンギュラリティの時代に,コンピューターは何をしでかすのか?」という観点で読んでみると面白いと思う.

あなたの人生の物語

これは本の後記に書かれているのを読んだ感想なので,ちょっと邪道.作者のテッド・チャンは本の後記にこう書いてる.

この話は、物理学の変分原理に対する興味から生まれた。はじめてこの原理を学んだときからずっと魅力的な原理だと思っていのだ

丁度この「変分原理」は,今僕が勉強している「解析力学」という分野で登場する概念だ.僕は変分原理の概念は知ってるけど,計算方法を身に着けてないし,概念を理解しているとは到底言えない状態だ.

でも作者が関心を持っていたものに,僕もこうして同じように目をつけていることに少し喜べた.そして確かに,この短編を変分原理のように読んでみると,なるほど意味が分かるような気がする.変分原理を使いこなすとき,物理学者は時空間を俯瞰できているんだろう.ヘプタポッドのように.

地獄とは神の不在なり

無力感に苛まれる短編.これは実に西洋的 (おそらくキリスト教的) な世界観だ.人間対自然.人間対神.キリスト教徒はこんな構図を心の中に描いているんじゃなかろうか.

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この短編は何か引っかかる.他の (個別にに感想を書いてない) 短編は「あっ,そう」で済ませられるけど,この短編はそうでない感じがする.信仰をゲーム理論で分解している感じ.上に引用したツイートが本当に僕の直感に近い.他方が神の,囚人のジレンマ.信仰ってそういうこと?

総評

大満足でした.また時を改めて読み返してみたいくらい.今はピンとこなかった短編の意義を,再発見できそうな気がするし.ともかく『顔の美醜について』だけでも読む価値があるからおすすめ!

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