デザインのメッセージを明確化する道のり

デザインを見た人に,僕は何を考えてほしいのか。その思案.
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多様性に配慮したデザインの追求

この記事にも書いたように,僕が最近作ったフリーフォントのデザインには,コンセプトがある.そしてそのメッセージは「文字を読めない人っていうのは存在する」.このメッセージから導かれるのは,「だからグラフィカルな方法で伝えたほうがいい場面が存在します」とか。デザインによって提起された問題に対する解答は何かという話.
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色弱はこのデザインとは関係ないけど、色弱については普通にデザイン手法が確立されてるよね。赤と青は色弱の人から見ると、色の違いが分からない。黄色と緑とかもそうだったかな。だから色弱の人に対するユニバーサルデザインとして、色使いについては、よく考えてっていうか、ある基準に則ってポスターとか広告とかをデザインしなさいっていうのはよく言われるよね。

メッセージを図解することが正義?

それに照らして考えると、やっぱり「グラフィカルに,ある意図とか考えを表現するほうが重要です」というか、「グラフィカルに表現することによって,あなたたちの考えてることを、より広く、より多い人に伝えることができるようになります」というメッセージが、このデザインの1つのメッセージかな。要するに、「文字が読めない人もいるから、図によって趣旨を説明しろ、意図を表現しろ」というのがこのデザインのメッセージの1つ。
それは1つとしてはいいけど、それが1番のメッセージかっていわれると、なんだかワンオブゼムな感じはするね。文字が読めない人がいるから絵で表現しろっていうのは代替手段の1つにはなってるけど、代替手段の1つでしかないという感じがするね。なのでもうちょっと踏み込んで言うにはどうしたらいいかな。

むしろ画像で表現することは悪いこと?

例えば音声で表現したっていいわけだよね。例えばツイッターで流行っている質問箱アプリみたいなのがよくあるけど、質問者は回答者に対して質問が書かれた画像を送ってるよね。回答者はその画像付きのツイートをしてその質問に回答してるけど、あれってアクセシビリティは悪くって、画像中の文字はコンピューターによる読み上げができないから、例えば全盲の人からすれば、その画像にどんな質問が書かれてるかっていうのは分かんないわけだよね。
あああ

その代わり回答者がツイートする文面は当然テキストデータになってるからコンピューターが読み上げすることができて、全盲の人であっても回答だけを知ることはできるんだけど、質問をいかんせん知れないと、知ることができないと。なので、画像中に文字を配置してそれを前提にコミュニケーションをするっていうのは、視力のない人、全盲の人に対するアクセシビリティを断ってるっていう意味で、ある意味よくないものだ。

新のユニバーサルデザインに向けて

要するに何かっていうと、文字を読めない人に対するアプローチとして、図によって表現しろっていうのは1つのアプローチではあるけど、画像中に文字を配置しないとか、できるだけテキストデータでデータを表現しなさいっていうのも1つのアプローチなわけだよね。なので図によって表現しろっていうのはワンオブゼムでしかなくて、このデザインから読み解けるメッセージとして1番強いかっていうとそうじゃないよね。

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