神経心理学レポート「多様で複雑な認知不全は,高度な脳機能と表裏一体」

最終更新日

これは,2012年,大学3年生の僕が授業の課題レポートに書いた文章.専門的な内容を扱っているだけに,文章の拙さが悪目立ちしてしまってる印象がある.具体的に言えば,講義自体の組み立てを褒めてる点.こんな舐めた社交辞令は,どう考えても講師 (教授?) への無礼だ.全く必要無いのにどうして書いてしまったのか…

ただ,それにさえ目を瞑れば,興味深い議論を組み立てられていると思う.そもそもの議題がサイエンスの対象として興味深いものであるのはもちろん,計算機への実装という切り口でヒトの認知機能の複雑さを議論したのは評価できる.…と,2022年の僕は思います.もちろん完全に独創的だとは思わないけれども.

せっかくの面白い内容が,構成の拙さで損なわれてるのは仕方ない.議論の見通しを少しでも改善しようと思い,論旨の道筋を明示する見出しを追加しました.それ以外は (ほぼ) 原文ママ.次の箇条書きは,本文の目次です.

  1. 半側空間無視の種類:「観察者中心無視」と「対象中心無視」
  2. 各症状の計算機的実装の推考
    1. 観察者中心無視の症状
    2. 対象中心無視の症状
  3. ヒトの驚異的な視覚情報処理パイプライン
  4. 多様で複雑な認知不全は,高度な脳機能と表裏一体
  5. 神経心理学の洞察が拓く治療と緩和

半側空間無視の種類:「観察者中心無視」と「対象中心無視」

私は今期、神経心理学という学問に人生で初めて触れることになった。初めはただ何となく、学科の必修の授業がなく、その空いた時間を有効活用するべく何か授業を入れよう、というような意識で受講を決めたのだが、今では拝聴するほどに興味をそそられる、意義深い講義であったと思う。

中でも非常に印象深いのは半側空間無視という症例である。半側空間無視では、大きく二種に分類することが出来、一つは観察者中心無視と、もう一つは対象中心無視である。半側空間無視の回の講義の構成は、始めに観察者中心無視を解説し、次にもう一つの半側空間無視があります、と展開する流れになっていた。

私はその講義のときに、空間の半分を無視するのに、観察者中心無視以外の何がありえるのだろう、それ以外に半側空間無視はありえないのではないか、とかなり不思議に感じた。しかし半側空間無視には対象中心無視という例が存在する、というのを聞いて二つの意味で驚いた。まずそのような想像だにしなかった形で半側空間無視がありえるのだということそのものに驚き、その講義の展開の巧妙さに驚いた。そして次に人間の知覚の複雑さに驚いたのだ。

各症状の計算機的実装の推考

まず順序は入れ替わりになるが、二つ目の驚きについて、もう少し言及する。このことを知らなかったために、一つ目の驚きがあったと言えるからだ。私は人間の知覚が想像以上に複雑で驚いた。たとえば半側空間無視のうち、観察者中心無視ならば、機械でそれを再現することが出来そうだ。何を言っているかというと、人間に近いくらい高性能な、ドラえもんのようなロボットがあると想像してみる。ある技術者がそのロボットに、半側空間無視的な機能を盛り込もうと考えたとする。

1) 観察者中心無視の症状

そうするとその技術者はおそらく、人間で言えば目に当たる、ロボットのカメラ部分の半分を遮蔽して再現するかもしれない。もしくは人間で言う脳のような部位、そのロボットの知能を司るAIに、「今からカメラが捉えてくる映像の、○○ピクセルから○○ピクセルまでの情報はすべて無視するように」との指令をプログラミングするかもしれない。

どちらにせよ、ロボットに対して、観察者中心無視的な半側空間無視を再現することは非常に易しく、つまりは人間の半側空間無視の患者の症状の原理を想像しやすい。よってその治療の方法に関しても、(もちろん私には出来ないが)取っ掛かりを見出しやすいのではないだろうかと思う。

2) 対象中心無視の症状

しかしロボットに観察者中心無視ではなく、対象中心無視をプログラミングするとなるとどうだろうか。デジタルのカメラというものは、単なる色の粒(ピクセル)が長方形に規則正しく並んだだけのもの写すに過ぎない。つまり何が写っているかを感じているのではなく、どこにどんな色が配置されているかを感じているだけである。つまり簡単に機械で対象中心無視を再現することは非常に困難であることが予想される。

もちろん原理的に不可能だとは思わない。しかし再現するには莫大なメモリや計算装置が必要であり、「実現」ということを考えれば、それはやはり不可能であると思う。そのように考える理由もある。最近の高性能なカメラは顔認証といって、捉えた画面の中から顔を見出す機能を搭載している。つまり、単なるピクセルの並びの中から特定の意味を発見することが出来るのだ。すると、現代の技術を駆使すれば、少なくとも顔のみに関する対象中心無視的なカメラを設計することは可能であるように思うのである。

ヒトの驚異的な視覚情報処理パイプライン

しかし人間の対象中心無視的な半側空間無視の患者はあらゆる物に対して対象中心無視を起こす。つまり顔認証は当然のことながら、人間の脳は机認証も手認証もワイングラス認証も、あらゆるものすべてを認識し、自分の知っている「あるもの」であると判断できるのだ。カメラは顔しか認識できないが、人間は何でも認識し理解できる。人間の視界というものは、カメラのように「光が水晶体を通過して網膜に収光し、それを視神経が感知して脳が映像として処理する」という物理的な操作で終わらず、それから「この辺に写っているものはボールだ」とか「これは1万円札だ」とか、具体的な物体として理解し、意味を付与して見ているのである。

この作業を、機械的な装置にやらせることが出来るだろうか。この世のすべての物体をインプットし、単なるピクセルの並びの中から要素を抽出してそれが何かを判断させることが出来るだろうか。そもそもロボットにバスケットボールとバレーボールの区別を教えることすら難しいであろう。ロボットに対象中心的な半側空間無視をプログラミングすることは不可能といってよい。

言い方がおかしいようであれば、こう言い直そう。「ロボットのカメラに、単なるピクセルの並びの中から視界に写るものが何なのかを、すべて理解させることは不可能である」私はこのように考えていた。そして人間の脳も、視界に写るすべて物を、いちいち「これは何、あれは何」と理解しているとは思ってもいなかった。しかし対象中心無視という症例が存在するからには、人間はそのように理解しながら視覚を稼動しているということになりそうだ。

多様で複雑な認知不全は,高度な脳機能と表裏一体

私は人間の視覚がそのように複雑に働いているとは知らなかった。だから、観察者中心無視は現実に存在しそうな症状だと思ったが、もう一つのパターンの半側空間無視、すなわち対象中心無視が存在するとはイメージできなかったのである。そしてそのために私は半側空間無視の回の講義で非常に驚きを覚えたのだ。人間の視覚は想像以上に高性能であるということに驚いた。

そしてそれを踏まえての一つ目の驚きがあった。私以外にも、人間の視覚が想像以上に複雑で驚いた人は多いはずだと思う。そしてそれを計算に入れてか、講義の構成は順序が適切であった。つまり、理解しやすい半側空間無視である観察者中心無視を先に紹介し、その後人間の知覚に関する興味深い示唆を与える半側空間無視である対象中心無視をあとで紹介する、という講義の構成のことだ。興味深い事柄を後半に配置したことで、このケースに対する感心がいっそう高まったように思うし、理解もスムーズになったと思う。その点で、特に半側空間無視の回の講義の構成はとても練られていて、そのことにも私は痛く感服した。

これレポートでは多くを半側空間無視について書いているが、他にも顔を記憶することが出来ない人の症例や、記憶喪失(前向性健忘、逆向性健忘)の講義も非常に興味深く、印象的であった。記憶という脳の機能も、機械的には非常に理解しづらく、覚えられることと覚えられないことの違いを生むのは何か、と思った。

前向性健忘の症状を持つ人のビデオを見たときに、新しい記憶を作れない代わりに一日の出来事をその度にメモに取り、一日の終わりにまとめて日記にするようにした、という人が登場したが、その人は一体、その習慣をなぜ覚えていられるのか、非常に気になった。それはやはり、ロボットのように、どんな情報も一概に同じに扱うように人間の脳が出来ているわけではなく、脳はある程度の重要性や他の意味を情報に付与することで、たくさんある情報を区別して扱っているということの証拠であるように思う。

神経心理学の洞察が拓く治療と緩和

これから神経心理学は大きく伸びて行く学問であるように思う。なぜなら今現在、最もホットな学問は生命の神秘に迫るテーマに移行してきているからである。自然科学はもちろん重要だし、換言すると重要でない学問は存在しない。しかし人間の脳科学は近年日本でも「脳トレ」や「アハ体験」といった形で注目を浴び始めているし、生命の神秘にいついての関心は今まで異常に高いといっていい。これから神経心理学は人間の脳の構造を解明し、多くの重篤な疾病を治療することに役立てばよいと思う。

先述の人間の視覚の複雑性を解明すると、何の機能の不調が半側空間無視を引き起こしているのかが分かるかもしれない。そうすれば治療の糸口が見つかるし、そうしてひとつひとつ病気を克服し、ひいては人間社会の幸福へ大きく貢献することもあるであろう。神経心理学に触れて、私の脳や人体に関する知識や考えは大きく変わることとなった。これからも貪欲に知識を吸収して、興味の幅を増やしていきたいと思う。神経心理学の発展は、これから社会が注意を向けるべきトピックの一つであるように思うし、私自身、意識的に知識を集めてみたい。

余談にはなるが、私は以前から顔に関する対象中心無視的なカメラという概念は面白いであろうな、と思っていた。そのような技術を駆使して、テレビゲームなども進化できるように思う。これは神経心理学的な話題ではないが、機械と人間の機能が近づいていくのも非常に面白いと思う。

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