まなざしの日本史レポート「自由の女神が民衆を導いたのは何時何分?」

これは,2011年,大学3年生だった僕が授業の課題レポートに書いた文章.要するに「光源の角度などから『民衆を導く自由の女神』に描かれた場面の時刻を午前8時半頃と推定しました」という内容で,独自性のある着眼点は面白いとは思う.

でも『民衆を導く自由の女神』は空想の場面の絵であって,現実を写し取ったわけじゃない.光源の角度は厳密に何かを再現する意図よりも,場面をより印象づける意図で調整されて配置されてると思う.つまり,時刻を反映してないから,考察しても時刻は読み解けないよね.このことは当時も知ってながら (想定してながら),これを書いた記憶がある笑.だったらこの考察は無意味では…?

ともかく,書いたレポートをブログに載せてしまおう.例によって段落の見出しは今回新たに追加しました.さらに今回は,文脈を分断して読みやすさを損なっていたので,画像の掲載位置を前後に移動してます.載せるだけ載せて説明ナシだった作品も調べたので,ここに情報を載せておきます↓

項目
作品Sts Gervase and Protase Appearing to St Ambrose
作者Philippe de Champaigne
寸法360 x 678 cm
Web Gallery of Art を参照

私は去年の9月に、高校の友達と二人でフランスへ旅行した。そのときにルーブル宮の美術館にも当然足を運んだ。そこで見たドラクロワ作の大作絵画「民衆を導く自由の女神」を対象に、この絵に関する「時刻」というのもを分析的に見てみたいと思う。

広大な画布に描き出された壮麗な情景

まず基本的な事項から述べていきたい。はじめて見るとあまりの大きさにかなり驚く。この民衆を導く自由の女神という絵画は259センチメートル×325センチメートルの大きさであるから、かなり大きい。ルーブル美術館に限らないことであろうが、絵画の大きさは本当にまちまちで、モナリザのように手元でぺたぺた描いたような大きさの絵から、どうやって描いたのか分からないくらい大きい絵画までさまざまである。

例えば次に掲載する絵のタイトルを知らないため、調べて大きさを具体的に載せることが出来ないのは残念であるが、見ての通り非常に大きい。これくらい大きいと描いているうちに全体のバランスを間違えてしまいそうで難しそうではあるが、それさえ克服すれば、見た目にはかなり縮小して写るから多少へたくそでも細かいところはごまかせそうな気もする。ちなみに写真の中央に写っている人物は私だ。

ある巨大絵画との写真 (2010/09/24 ルーブル美術館にて)

話題を元に戻す。大きさの次に感じるのはとても絵が上手いなぁ、という感嘆だった。当たり前であるが、大きいだけでは名画にならない。見てみると布の質感や光の向きなど、やはり上手である。光は画面の左上から当たっており、よく見てどちらかといえば、光は画面手前から画面奥へ向かっているように見える。しかしそれだと光が当たっていてもよさそうな箇所が何箇所もあるが、暗くなっている場所も多い。これを演出だと言い切ってしまうのは簡単だが、とりあえず曇っているということにしておきたい。

光源の角度から推定する絵画の時刻

日の傾き具合からこの絵の時刻を考えてみる。去年2010年の7月1日の日の出は05:52で、日の入りは21:57というデータがある。自由の女神の乳房の影から察するに、時計の3時―9時のラインを地平線に見立てたとき、この時刻の太陽は10時のところにある。去年の7月1日の日照時間は16時間5分であるから、日の出から日照時間の6分の1が経過したか、日の入りまで日照時間の6分の1を残しているかのどちらかである。つまり時刻は午前なら08:09、午後なら19:16の場面であろう。

ここで史実と比較してみると、フランス7月革命は1830年の7月27日から29日にフランスで起こった市民革命である。この3日間のうちの、いずれかの08:09か19:16を描いているのであろう。日照時間が7月1日よりも短い日の出来事であるから、だいたい8時半とか19時少し前とかの場面だと推測できる。どちらにせよなかなか面白い考察となった。

民衆を導く自由の女神 (Wikipedia より)

今さらではあるが、次のページに「民衆を導く自由の女神」の絵を載せる。これはウィキペディアから拝借した画像である。もちろん私が先の旅行で撮影した写真もあるが、かなりぶれているので載せるのは遠慮する。一緒に行った友達が絵の中の女神と同じポーズをして絵の前に立っている写真なのであるが、撮るのに失敗してぶれてしまった。しかしこれは世界的名画であるから、撮り直しのためにまたこの絵の正面を二人で占拠するのはいかがなものかと思い、そそくさと去った思い出がある。友達からは撮り直せよ、といわれたが、そんなことが出来る雰囲気を、私は感じていなかったのだ。これは完全に余談になる。

細部が物語る革命の幕開け

興味深いのは画面右端に描かれているビル群のようなものだ。これはフランス7月革命の様子を描いた絵であるから、1830年の景色である。1830年にこのような高層ビルを建築する技術があったのだろうか。調べてみても有力な情報を引き出すことが出来なかったが、これは都市を描いているということで納得した。都市から離れていく姿は、都市から出発する場面なのか、都市から凱旋する場面なのかは判然としない。

女神の足元に四つん這いになっている人物も目立つ。この人物は男性なのか女性なのか釈然としない。あるインターネットのサイトでは、のど仏を目印に男性であると結論していたが、私には目立ったのど仏は見えないように思う。画面左下に倒れている下半身裸の男性はのど仏がはっきりと描かれており、これと比べてみると四つん這いの人ののど仏は描いていないと判断できそうだ。また腰の丸さ、曲線性を考えてみて、この人は女性だろうと思う。

この人物のほかに倒れている人間が3人いる。左下の下半身裸の人物、画面した部分の中央から右端にかけて転がっている人、画面右下の端っこに上半身のみ描かれている人物。これらは革命の敵であったであろうと推測できる。下半身が裸のまま倒されて放置されている扱いからそう判断できた。すると位置関係からして、これから戦いを挑んでいくところだろうか。向かう方向に敵がいるからだ。

まとめて結論付けてみると、革命はまだ始まったばかりのような印象だ。そしてそこから判断するに、午前中ではないかと思う。よって様々のことから類推して、この絵は朝の8時半くらいの場面であると断定する。決め付けが飛躍しすぎているかもしれないが、面白い考察が出来て満足している。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。